4 我が夫は大正解
かくして、大披露宴の夜がやってきた。
地獄の釜の底が抜けて魑魅魍魎のごとき陽キャの大群がキャッキャと地上へ侵攻してきたような異様な人口密度の大広間の中心で、フランシーヌは微笑みの彫像と化した。
眩しい。
国の重鎮、大臣、将軍、名門貴族や今をときめく大作家やオペラ歌手や貴公子たちの挨拶を順々に受け続けて小一時間もすると陰キャの繊細な神経は爛れて溶けて跡形もなく崩れ落ちそうになっていた。
そんな妄想通りにここから消えてしまえれば、いっそ楽なのだが。
「せめてあと四ヶ月あれば、灰木の魔女の奥義〈肉体透明化〉をマスターできたかもしれないのに……」
もごもごと口の中で呟きながらも、顔には一番上等の微笑みを固定。
小国から大帝国の世継ぎに嫁いだ姫は、今まさに人生の幸福の絶頂にいるはずであった。
本日の主役の片割れであるルディガー皇太子が大披露宴を堂々欠席していることを差し引いたとしても――。
「ルディガー皇太子、大正解すぎるわよ」
事実、今になってフランシーヌのルディガー皇太子への印象は爆上がり中である。
「光とダイヤモンドと人々の視線に炙られるような陽キャの拷問イベントを『無駄ッ』と斬り捨てて夜の闇へと消え去る胆力&決断力。夫ながらあっぱれなのよ。理想だわ」
フランシーヌの背後で、人々には視えない存在である魔物の青年が――それでも一応TPOに合わせて漆黒の地味めな夜会服で正装している――顔をひきつらせた。
しかし新婚の夫の暴挙を斬新な解釈で擁護して憧れるのはフランシーヌくらいのもので、皇帝陛下はルディガー皇太子にたいそうご立腹だった。
「けしからん本当にけしからん孫である。あやつのためを想って余がマッチングした婚姻に泥を塗るつもりか。聖女姫を歓待して喜ばせる任務を放棄したばかりか、披露宴を足蹴にするとは。至らぬ孫ですまんのうフランシーヌちゃん。まことにごめん。遺憾である」
ふさふさした白い眉と白い髭を立派に蓄えた皇帝陛下はフランシーヌに激甘だった。肝入りで招聘した聖女姫フランシーヌに皇帝陛下はみずから最大の庇護者になることを約束し、皇太子妃付きの女官たちにもフランシーヌへの破格の待遇を指示していた。
「余の元には世界各国の王侯貴族から息女の肖像画が自薦他薦を問わず送られてくるんじゃが、フライアの宰相が送ってきたフランシーヌ姫は幼い頃から顔面偏差値が頭抜けておったよ。孫の嫁選びにおいて余の推しは十年前からフランシーヌちゃんじゃった」
宰相、お前が戦犯か。
「あのう、ルディガー皇太子殿下は、今宵はどちらにいらっしゃるのでございましょうか」
皇帝陛下に話しかけられたら、とりあえず無難に何か返さないといけない。そんな焦りからフランシーヌはとりあえずそう口走った。
「おお、おお、そうじゃのう。フランシーヌちゃん、それは名案じゃ」
名案て。案出してないんですけど。
「これヴィクトール。フランシーヌちゃんに馬車を仕立てるのじゃ。ルディガーのやつを驚かせてやろ」
侍従を呼び寄せて命じた。
フランシーヌは「えっ」と仰天する。
ちょっと待って。そういう意味で訊いたんじゃない。別にルディガー皇太子に会いたいわけじゃないし。社交辞令で訊いただけです。どちらかといえばメモを落としたエッケルトに用があるけれど、今夜のフランシーヌの社交力はすでに閉店ガラガラ状態で……。
そんなニュアンスはぜんぜん伝わってくれなかった……。
というわけで、宴もたけなわのうちにフランシーヌは願望通り大披露宴から放り出され、願ってもない(いや本当に願ってない)なりゆきでルディガー皇太子の居場所に皇帝陛下の馬車で乗り付けることとなった。




