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37 手紙

 ロスデルム帝国帝都からフライア王国王都までは馬車で七日かかった。


 帝国皇太子ルディガーを伴ってフライアに里帰りしたフランシーヌを待ち受けていたのは、両親失踪の一大事に一致協力して踏ん張っている五人のきょうだい王子たちだった。


「フラン〜〜〜お前が来てくれれば百人力だよお兄ちゃんは嬉しい〜〜〜」


 と王太子フランソワが泣きながら抱き着いたのはフランシーヌの隣に立つルディガーのほうであった。涙に濡れて前が見えなかったらしい。


 王太子フランソワをそっと剥がして押しやったルディガーにカツカツと靴音高く近づいてきて、実力をはかるように360度からめ回したのは次男王子のボドワンだ。


「痩せ型と見せかけて、服の中身はなかなかの筋肉と見た。締まっている」


 あっぱれ、と感心したように言い放って屈強な筋肉王子ボドワンはフランソワ王太子の傍らに戻っていった。


「帝国のキレ者のお噂はかねがね」


 くいっと眉間に押しつける眼鏡のレンズをてらり光らせて三男のギュスターヴ王子。


「わーフラン! 少し見ないうちに大人っぽくなったねえ〜! 僕も見て見て! 忙しくなってきたから髪の毛も短めにしてみたんだ〜。長いと手入れに時間がかかるんだよね」


 アイドル王子のジュリアンが毛先を指でくるくる弄りながら登場すれば、その後ろから末っ子のシャルル王子がぴょんぴょん飛び出してきて、


「フランねえさま! ねえねえ初夜のダンスは面白かった?! ピエールがとりあえずそれだけ訊いてきてほしいって!」


 謎の学友ピエールをがっかりさせてしまうのは可哀想だけど初夜のダンスはまだなのよ、と、騒々しい出迎えにあわあわしながらフランシーヌは口ごもった。

 そう答えてしまうと誤解されそうだ。でも別に夫婦関係に問題があるわけじゃないのよ。ルディガーは良い人で、仲良くしてくれているのよ。問題はフランシーヌの側にある、フライアにかけられた呪いがらみの面倒な事情で……。


 兄弟王子たちにはメルテレースの姿は視えない。

 一応、そういうものがフランシーヌに取り憑いていることを両親から聞いてふわっと理解してはいるが、そもそも幼い頃からフランシーヌが『メルテレースは大人しいペットの犬みたいなものなのよ』と彼らに説明していたので、今現在のメルテレースがフランシーヌへの巨大感情をこじらせた物凄くめんどくさい存在になっていることなど、知る由もない。


 ちなみに、皇太子変身事件は、フランシーヌの命の危機にぜんぜん役に立たなかったことをあのあと教えられたメルテレースが死ぬほど落ちこんでしまったので即刻幕引きになった。彼本来の漆黒に彩られた姿に戻ったは良いが、存在感ごと妙にぺらぺらになって海苔の切り絵みたいな薄さでゆらゆら揺れながら漂っているようになってしまったので、見かねたルディガーが「魔界から削ってきた灰木は役に立ったからそんなに気に病むな……」と慰めたほどである。


「フランソワ兄様。お父様とお母様に、何があったの?」


 フランソワ王太子はハンカチで目頭を抑えながら答える。


「わからないんだ。母上は夜の日課の個人礼拝中だった。大聖堂の礼拝室にいつも通りお一人でこもって、国の安寧を願う聖女の祈りを捧げていらしたのだ。扉の外で待機していた大司教らによれば、突然そこへ父上が走ってきて、……そう、まるで聖女の危険を察したように無言で駆け付けて、礼拝室に飛びこんだそうだ。大司教らが慌てて後につづくと、中にはもう二人ともいなかった」


 それきり忽然と、お父様とお母様は消えてしまったという。


「これ、フランから来た手紙の返事だ。まだ書きかけだったけれど、母上の寝室のデスクに仕舞われていた。お前がまず読むべきものなのだけれど、異常事態でもあるので先に読ませてもらった」


 そう言ってフランソワ王太子は折り畳まれた便箋を差し出した。


 便箋にはお父様とお母様が代わる代わるフランシーヌへの返事を紡いでいた。


 書かれていたのはフライア王国における聖女の成り立ち――これまで国王と聖女王妃以外誰も知らされていなかった真実だ。


+++


 聖父教会がまだ今ほど權威においても形式においても完成されていなかった時代――古代フライアと呼ばれるいにしえの時代。


 とある村に、エリーとマリーという双子の姉妹が暮らしていた。


 姉妹は生まれてすぐに流行病で両親を亡くし、祖母に育てられたが、祖母もまた姉妹が十にもならない頃に、老いのため亡くなった。

 二人は身を寄せ合い、助け合いながら暮らす、とても仲の良い姉妹だった。


 姉妹は村の中では少し浮いた存在だった。広場で遊んでいて転んだ子どもの擦りむいた膝の怪我を治したり、虫害を受けた畑から虫を追い払ったり、彼女たちは事あるごとに少しだけ不思議なやり方で村人の役に立とうとしたからだ。


 その頃、原始聖父教会は、各地で巫女の才能を持つ子どもを集めていた。神に祈りを捧げて一生を終える巫女たちは、神殿で大切に育てられるが、その人生に自由はなく、ある意味では贄のような存在とも言えた。だが、多くの貧しい村では、神殿に選ばれた巫女は贅沢な衣食住が与えられるし、きっと巫女の家族にも、巫女を輩出した村にも恩恵があると信じられていた。


 あるときエリーとマリーの村にも聖父教会の巫女集めの司祭が巡ってきた。その村には不思議な力を使う孤児の姉妹がいる、という噂を聞いてやってきたのだ。司祭が村人に案内されて村外れの野原へ行ってみると、そこには花畑を軽やかに舞い踊る少女マリーがいた。少女のまわりには幾百もの蝶が、彼女を祝福するように、一緒になって舞い踊っていた。美しく幻想的な光景だった。


 マリーのそばにはエリーが座って、双子の妹を眩しそうに見つめながら花冠を編んでいた。双子は顔立ちこそよく似ているのだが、しっとり柔らかな光沢のある銀髪をきらきらと輝かせるマリーに比べて、エリーの髪は日差しにも明るまず砥石のように冷たい灰色で。

 いつでも見ている者の心を和ませるマリーに比べて、エリーはその無機質な髪色以外は特に誰の興味も引かない娘だった。


 司祭は尋ねた。尋ねずとも質問の答えはわかっている、と感じながら。


「不思議な祈りの力を持つのはどちらの乙女だね?」


 双子の姉妹は一瞬震えるように顔を見合わせた。どちらの顔にも不安そうな色がよぎった。


 先に司祭を振り返って答えたのはマリーだった。


「わたしです。わたしなんです。司祭さま!」


 と。


 司祭はマリーを巫女候補として王都の神殿に連れ帰った。


 やがて月日が経ち、美しく成長したマリーは、神殿の巫女たちの中でも選ばれし者にしか与えられない、聖なる乙女の称号を得た。


 マリーに聖なる乙女の冠が授けられる儀式の夜――。

 臨席していた古代フライア国の王太子がマリーを一目見るなり恋に落ちてしまったことで、彼女の運命はふたたび大きく変わった。マリーは聖父教会と王室との結びつきを高める贄として取り引きされ、王太子妃となったのだ。


 古代から現代に至るまでつづくフライア王室は、マリーの血を引いている。


 裏切り者のマリー、――と。

 フランシーヌの祖父王を呪い殺した白煉の魔術師はそう言ったという。


 王室と結びついた原始聖父教会が権威を増していく中、教会に管理されない不思議な言い伝えやまじないや呪術や魔術は、異端として狩られ、弾圧されはじめた。

 その頃、後世に灰木の魔女と呼ばれることになる一人の薬術師が、とある地方で病の人々の信仰を集めるようになっていた。

 その女性は、どんなに重い怪我でも、病気でも、体の不自由な人でも、独特の薬草術とまじないを用いて、奇跡的に治してくれるのだという。


 灰色の髪のエリー。


 それが当時の彼女の呼び名だった。


 聖父教会と王室は、貧しい民衆から支持を集める彼女の影響力を重く見て、正式に異端の魔女と認定し、王国の軍隊を差し向けて追いつめた。


 エリーは捕縛され、王宮広場で火刑に処された。



 フランシーヌに宛てられた書きかけの手紙の最後のほうには、お母様の筆跡でこう書かれていた。


――白煉の魔術師は、灰色の髪のエリーの唯一の弟子です。

 彼がなぜ今この時代にいにしえの姿のまま生きているのかはわかりません。

 二十年前にわたくしと国王陛下ジャンは、あの者を確かに倒しました。

 けれど、フランの会った魔術師は、やはり白煉の魔術師本人でしょう。

 あの者の復讐心はとても強いのです。何度甦っても不思議ではないほどに――。あの者ならば、例えば魔界の王に魂を売ってでも、復讐を完遂するための不死を望むでしょう。


 フラン、どうか心して読んでね。


 白煉の魔術師を滅ぼす方法は――……

 

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