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36 メルテレースのソリューション

「考えてもみてほしい。皇太子の俺が昨日の昼からこれだけ長時間行方不明になっていたんだぞ。なのに誰も何も騒いでいないのは何故だ?」


 フランシーヌはエッケルトと顔を見合わせた。確かに、二人ともルディガー皇太子が行方不明になったという報せを受けてはいない。そして未明までルディガーが魔界に閉じこめられていたことを誰も知らなかった。

 それは何故?

 単純に考えれば、ルディガー皇太子がいなくなったことに地上の誰も気が付かなかったということ。

 つまり。


 部屋の外で何やら押し問答する騒ぎが聞こえてきた。


 パーンと入口の扉が開かれる。


「フランシーヌ! ただいまっ!」


 扉を押し開いた角度のまま両腕をひろげて、そこに立っていたのは金髪碧眼完全美形のルディガー皇太子殿下。


 客間にいた四人が唖然とした顔で偽物のルディガーを見る。本物のルディガーだけはこの状況を多少なりと予想していたが、それでもやっぱり唖然とした。


「プライドというものはないのか、貴様には」


 偽物のルディガー皇太子がハッとした表情で客間を見渡す。


「ああっ。何で君がここにいるんですか?!」

「ただいま。いい経験をさせてもらって感謝しているぞ。貴様が卑怯なクズであることには変わりないが」

「メルテレース……あなたどうしてそんな格好をしているの?」

「そこにいるのが偽物です! この僕がれっきとした帝国皇太子ルディガー。フランシーヌの夫です!」

「メルテレース……」


 フランシーヌはどっと疲れてきて突っ込みをいれる気力がなくなった。


「この時間まで貴様はその格好で何をしていたんだ? 肉体を持って人間の真似事をしているあいだはフランシーヌの状況を察せられなかったのだとしても、エッケルトの飛ばした報せすらも届かなかったようだが」

「僕は帝国皇太子ですからね! 人々の陳情を聞く仕事をしていましたよ、当然ではないですか、帝国皇太子ルディガーなんだから! 指揮する第一師団を解散してフォルク公爵邸に戻ろうとしたらお婆さんが寄ってきて、生まれたばかりの孫に名前をつけてほしいというので産院に行ってですね、そしたら産院の隣の孤児院が建て替えのための寄付を集めているというので街頭で演説をしてですね、そしたら……」


 芋づる式に陳情を訴える人々がぶら下がってきて、ずるずると対応しているうちに朝になっていた、と言う。

 本物のルディガーが額を指先で支えて頭痛をこらえる表情をしていた。


「人々の話をよく聞いて良心的なのは結構なことではあるが、いちいち個人で対応していたら身体がいくつあっても足りないんだよ」

「ルディ、良かったじゃないか。身体が二つに増えて」


 冗談めかして混ぜっ返すエッケルトを再度睨みつけて、ルディガーは脚を優雅に組んだ。


「そのまま俺の影武者をやりたいと言うなら、雇ってやらないでもないが」

「君が僕の影武者ですってば! フランシーヌの夫は僕!」


 偽物のルディガー皇太子がすたすたと歩いてきてフランシーヌを挟んで本物の反対側に腰を下ろす。


「なかなか壮観だね。それはそうと、メルテレース氏の大胆な奇策のおかげで、灰木が対白煉の武器になることがわかったのが一つ良い事。白煉の魔術師の目的が世界戦争らしいというのが判明したのは一つ悪い事だね。僕たちはそれを踏まえて、敵の次の一手に備えないとならない」


 フランシーヌは注意深くルディガーたちの言葉を聞いていて、やや拍子抜けの感覚がしていた。スルー? メルテレースの処遇はスルーなの? 放っといていいの? これを?


 隣の偽物のルディガーがフランシーヌを、そうっと覗きこんでくる。


 魔物の行動の理屈は明快である。馬車の中でルディガーがフランシーヌの唇を奪ったとき、『同じことをあいつとしたいか?』と彼が訊き、フランシーヌが首を横に振ったので、メルテレースはフランシーヌへの忠誠心にかけて、ルディガーと同じことをする権利を放棄するしかなくなった。

 だからメルテレースは、袋小路を突破するソリューションとして、ルディガーを魔界に追いやり、自身がルディガー皇太子に成り代わることを思い付いたのだった。


 そういう問題じゃないんだけど。……と常識のある者なら思うが魔物に常識を求めてはいけない。ついでにフランシーヌも、自分の中でメルテレースとルディガーの存在のどこがどんなふうに異なるのか今ひとつはっきりと自覚できていない、一皮剥けそうで剥けない、大人の階段に足はかかっているがまだ上りきれていない微妙な状態にある。


 何しろようやく嫉妬というものがどういう感情かを実感して学んだばかりである。


「メ、メルテレースは断罪されないの?」


 おずおずとフランシーヌはルディガーたちに問うてみた。宮廷爆破罪とか、皇太子変身罪とか、皇太子魔界送り罪とかで……。


「魔物を断罪できるのは聖女だけだ。――というのは取り敢えず脇に置いて、こいつがそれほど悪い魔物じゃないということはわかったからな。俺がもし魔物の立場なら、まず間違いなく我慢できずに君を魔界に連れ去っている」

「……」

「俺は気が短いし、それほど善良な心を持ってもいない。だから魔力のない人間で良かったと思う」


 本物の青い瞳に見つめられて、フランシーヌは言葉を失う。

 ルディガーだって、けして悪い人ではないわ。そう言いたいのだけれど。


 メルテレースが開けたままにした扉から、そのとき公爵邸の執事が顔を覗かせ、急な来訪者を告げた。宮殿からの使いだった。


「皇帝陛下より至急のご連絡です。フライア王国より急使があり、国王ならびに聖女王妃が行方不明となった、とのこと!」


 フランシーヌは蒼白な顔をして立ち上がった――。

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