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35 カップル成立

 場所は移ってフォルク公爵邸である。


 大変な晩が明ける頃、フランシーヌとルディガー、エッケルトとマルガレーテの四人はフォルク公爵の客間のソファでやっと人心地ついた。


 まだ完全復帰できる状態ではなかったエッケルトの無茶にルディガーは呆れていたし、普段は大人しく控えめなマルガレーテも厳しい顔でエッケルトのそばに断固として寄り添いながら傷口の様子を気にしている。


 とは言え、身体を休めて眠る前に、四人にはまだ向き合って情報共有をしなければならない幾つかの事柄があった。


「皇帝陛下にマルガレーテとワグネル伯爵の婚約を認めないよう進言したのは俺だ」


 昨晩マルガレーテが宮殿でフランシーヌの危機に巻き込まれた状況と経緯を聞いて、ルディガーが言った。


「何だって」


 エッケルトが驚いて眉をひそめる。「何故そんなことを……」


「エッケルト。君に俺の相談相手としてポンコツになられては困るからだ。見ていられないんだよ。誰がどう見たって君は昔からマルガレーテを愛しているし、マルガレーテも君を愛している。なのに、どうしてそう君たちは意固地になって自分の心から目を逸らす?」


 ルディガーは隣に肩を並べるフランシーヌを向いて、従兄弟エッケルトとマルガレーテが長年抱えてきた問題について説明しはじめる。


 コンラディン伯爵令嬢マルガレーテの母は、アグネス妃がまだフォルク公爵令嬢だったころ、侍女をつとめていた女性であった。彼女は伯爵夫人となってからもアグネスおよびフォルク公爵家と懇意であったので、マルガレーテとエッケルトは生まれつきの幼馴染みである。

 いつしか二人は互いに想いあうようになった。ルディガーから見てもまるで定められたようにお似合いの二人であるように思えたし、次第にぎこちなくなっていく雰囲気から確実に両思いであることが察せられたのだが、エッケルトもマルガレーテもけして相手にはっきりと想いを伝えることはなかった。


「こっちがもどかしくなるほどだった」


 フォルク公爵家は皇室と血縁の濃い家柄であり、家格の点でコンラディン伯爵家との婚姻は不可能だった。

 帝国においてはそれは貴賤結婚になる。


「えー! 基準が厳しいのだわ」

「ばかばかしい基準だよな」


 幼馴染みから関係が進展しないまま、まだ恋人でも何でもない女性との結婚を貴賤結婚のタブーをおして両親に直訴するきっかけも持てないでいるうちに、エッケルトの父はフランツ皇太子暗殺に巻き込まれて死去した。


「そもそもエッケルトの優柔不断のせいで問題が複雑にこじれていったわけなんだがな」

「さっさと告白しちゃえばよかったのよ」

「そうそう」


 エッケルトが公爵家を継ぎ、ルディガーと共にフランツ皇太子暗殺の真相究明に奔走する中、マルガレーテの婚期はどんどん過ぎ去りつつあった。


 見かねたアグネス妃がとうとうマルガレーテの縁談を取りまとめ、『あなたもまさか自分が散々放置してきたマルガレーテの婚約に異存はないでしょうね?』みたいなニュアンスの最終確認をしにきたのが先日の訪問であった。


 父の非業の死に乗じてマルガレーテとの結婚を成就させることにエッケルトが躊躇した気持ちもわからないではない。


 皇帝陛下の裁断如何では、フォルク公爵家は代々賜ってきた重臣の座から追われることになるだろう。


「俺が年上の従兄弟の恋路の面倒を見るのもどうなのかとは思ったが、皇帝陛下に率直にお伺いしてみたところ、別にぜんぜんマルガレーテとの結婚は許可できるとのことだったぞ。君が俺を庇って大怪我した功績はそれくらい大きいのだと」


 それまでルディガーとは反対方向の床の一点をじっと眺めるようにしていたエッケルトが、ふいに顔を上げた。


「……え?」

「……え? ではない。だからさっさと結婚しろ。(誰かの言い方に似てるな――)」

「は?」

「は? じゃなくて、今ここでマルガレーテに告白、しかるのちプロポーズしろ。俺は気が短い。早くしろ」


 エッケルトは弱った顔で眉を寄せる。


「いや、ここではできない」

「エッケルト――」

「二人きりの場所でする。そうさせてくれ。さすがに僕も皇帝陛下と皇太子殿下のお心遣いを無下にしてまで優柔不断をつづけない」


 エッケルトの隣でマルガレーテが首まで真っ赤に染まってうつむいた。


「わかった。別に俺たちも他所よその愛の告白を観戦したいわけじゃない。こっちはこっちで大変なんだ」


 と言ってルディガーはフランシーヌを振り返る。


「フランシーヌ。君に謝らなければならないことが、たくさんある。伝えたいこともたくさんある。だが、俺もそれは二人きりの場所で伝えたい」

「私もあるのよ。これは皆んなに言わなきゃいけないんだけど、宮殿西翼の爆発は、メルテレースのせいなの」

「あいつのせい?」


 フランシーヌは身を乗り出して説明した。


「というか正確にはたぶん事故なの。ヴィクトールは予定が狂ったようなことを言ってた。つまりね、宮殿に仕掛けられようとしていた術式、まだ未完成だった術式に、メルテレースの覚醒した魔力が反応して、その瞬間に術式が暴発したわけなのよ」


 エッケルトが一呼吸ぶん間を置いてから言った。


「なるほど。だから皇帝陛下も皇太子夫妻も西翼にいない夜に爆発が起きたわけですね?」

「そうなのよ。ヴィクトールにしたら計算外だったのよ」

「それは、結果的には不幸中の幸いでしたね」

「そう思ってくれるとありがたいのだけれど――」


 念のためフランシーヌは更なる仮説を彼らに伝えた。その魔力の暴発は、メルテレースに膨れ上がった嫉妬の感情を契機に起きた可能性があると。


「あの夜のことは僕もよく憶えています。妃殿下が警備隊本部を訪ねていらしたあのとき、ルディガーが初めて女性に……フランシーヌ姫に特別な興味を持ったんですよ。ありていに言えば恋に落ちた瞬間でしたよね、はい」


 攻守逆転の様相を帯びてきたエッケルトの口調に、ルディガーが腕を組みながら唸った。


「エッケルト……」

「それでメルテレース氏は今どこに?」


 睨みつけてくる従兄弟の気を逸らすようにエッケルトが問う。


「謎なのよ。それが」


 困った顔でフランシーヌは呟いた。

 メルテレースが姿を見せない。呼んでも来ない。フランシーヌが危険な目に遭っていても現れない。

 こんなことは今までなかった。


 まさか、もしかして、メルテレースってばヴィクトールみたいに人間世界を裏切って白煉の魔術師のがわに付いたんじゃ……。


「さほど難しい謎でもない」


 なぜか訳知り顔でルディガーが、言った。

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