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30 ミツバチ印の音叉術

 ルディガーには啖呵を切ったものの、魔術師にダメージを与える方法の知見はフランシーヌにもそれほどなかった。もともとフランシーヌは攻撃系の魔術に関心がないし、愛読していた灰木の魔女の書にも、そういう魔術は扱われていなかった。

 フライアの両親は聖剣と聖女の祈りのパワーで白煉の魔術師を倒したはずだったが、「白煉倒れてなかった説」はどう解釈したら良いのだろう。

 そういうわけでフランシーヌは一日千秋の思いで両親からの返信を待っていた。


 遊戯室の一件以来ルディガーとは顔を合わせていない。翌日ルディガーは予定されていた軍事演習の指揮のため帝国東部に出立せねばならず、フランシーヌには安全のためにフォルク公爵邸からなるべく出るなという伝言を残して早朝に出ていった。一週間ほどで戻る予定だったが、ああいう一件があったあとで暫くぶりに戻って顔を合わせる状況というのも割と気まずいものである。


 フランシーヌはルディガーとの再会を想像して憂鬱な気持ちになったり、ルディガーが何者かに襲撃されず無事に帰ってくるか心配になったり、無性に彼の顔をすぐ近くで見たくなったりした。

 くるくると変わる気分を自分でも訝しんだ。


 宮殿から連絡があったのは、今日明日にはルディガーが帰ってくるという日の夕方のことだった。

 フライアからの返信が届いたという報せだった。機密を含む私信だから、宮殿でサインと引き換えに受け取る必要がある。報せの使いをよこしたのは侍従ヴィクトールだった。


 宮殿と言えばフランシーヌは西翼の跡地にちょっと用事があった。そろそろ陽が落ちようとする時間なので急いで行ってこようと思い、フランシーヌはエッケルトにメッセージを残して公爵邸を出た。その時間帯は、医師の往診があると承知していたからだ。エッケルトは順調に回復して、車椅子で食堂に来られるほどになっている。


 宮殿に着くと、暗くならない内に、フランシーヌは西翼の焼け跡に回った。

 女官は連れてこなかった。

 更地にされた一画で、手提げから取り出したのは、小さな音叉だ。

 

 『灰木の魔女による第二の書』から、〈音叉を使った診察術〉。


 元は、身体の中で病んでいる部分を見つけるための魔術だ。

 灰木の魔女の時代には、病は悪い気が溜まって起こるとされていた。悪い気とは、悲しみとか悩みとか、他人からの恨みや悪感情だったりもする。


 これを応用すれば、この一帯に残る何者かの悪意の残滓を視ることが可能かもしれない。宮殿を爆発炎上させたいと思って動いていた犯人は、相当強い恨みや悪感情を心の闇から溢れさせてここに残していったに違いない。


 古代フライア語と〈ミツバチ印〉を組み合わせた術式を刻んだ水晶で、フランシーヌは勢いよく音叉を叩く。


 ミツバチの羽音を思わせる厳かな金属音が、空気を小刻みに震わせた。


 そして。


「――こ、これって?!」


 黄昏時の更地にミツバチの飛行の軌跡のような光のほさきが乱舞して、細密な網の目を張り巡らせていく。

 音叉の響きが光となって可視化されたものだ。

 光の網は、その場所に残留する負の想いを絡めとり、光の糸がセンサーとなって術の使い手に、想いの正体を伝えてくる。


――これって、何……? 怒りでも、憎しみでも恨みでもないみたい。私の経験にはない感情……? だけど、この色、このオーラはよく知ってる……!


「嘘でしょ。メルテレース?!」


 光の網に絡めとられて光の糸を伝わりフランシーヌに流入したのは、幼いときからよく知る気配の色と同じ。

 メルテレースの温かな漆黒のオーラだった。しかも、音叉を一度叩いただけでは掴みきれない量の感情。こんなに膨大な想いを、いつのまにメルテレースはここに残したのだろう?

 どうしてここにメルテレースの想いが残っているの?

 そしてこの想いは、いったい何と呼べばいい感情なの?


「メルテレース!」


 フランシーヌはもう一週間も姿を消したままでいる魔物を呼ばわった。


「メルテレース! どこにいるのよ! 今すぐ出てきて! これはいったいどういうことなのか、ちゃんと説明しなさいなのよ!!」


 張り上げた声は虚しく響くばかりであった。


「だって、爆発原因の三楕円の術式の残骸から回収、浄化した魔力はメルテレースのものじゃなかった」


 それも間違いない。フランシーヌには、メルテレースが犯人とは思えない。

 時系列としてもおかしい。フランシーヌがロスデルム入りする前からメルテレースはせっせと帝国の宮殿に通って爆破の準備をしていたとでもいうのだろうか。

 何のために?


「そうよ。ちゃんと説明できるなら怒らないから、早く出てき――」


 突然背後から伸びてきた手に口を塞がれた。

 脇腹に鋭い痛みが走って、注入される液体の冷たさを皮下に感じた一瞬後、フランシーヌはすこんと意識を失っていた。


 陽の落ちた焼け跡を、重い荷物となった乙女の身体を引きずる黒い影が横切っていく。

 ずる、ずる、と不吉な音を残しながら――。

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