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24 ネジとネジ穴

「で、フランシーヌ姫ちゃんとはどうだね、ルディガーや。仲良くやっておるのかな?」


 朝の光が燦々と降りそそぐガラス張りのグロリエッテのクライネザールで朝食を取りながら、皇帝陛下が立派な白い髭をもぐもぐさせて訊いてくる。


「はい、それはもう。我々は初めから規格が同じネジとネジ穴として生まれてきたかのように相性が良いのです。お互いに多くの喜びを分かち合いながら、身分の務めに励み、ともに同じ方向を見据えて邁進する日々を送っております」


 きびきびと答えた孫の様子に、皇帝陛下は満足げにふさふさした眉を下げた。


「そーかそーか。それはよいよい。なら、曾孫の顔を見る日も近いよのう」

「それは――」


 別にそんな意味で選んだ言葉でもなかったルディガーは困惑した。

 彼としては、真剣に仕事の話ができる女性に人生で初めて出会えて感謝していることを表現したかっただけである。今の自分の言葉のどこに曾孫云々の要素が? と首をひねった。


 むしろ、その件については忌々しい魔物の妨害によって暗礁に乗り上げているのだが――。


「そういえばフランシーヌ姫ちゃんもロスデルムに着いた頃よりも一層ツヤツヤ綺麗になったよの。愛されパワーの魔法かのう。じいさまは眩しくって目が潰れそうじゃわい」

「ええと……ありがとう存じます……」


 肌はツヤツヤ、微笑みはピカピカ、イキイキと明るくフランシーヌが輝きはじめたのは、ルディガーに毎晩抱かれているから……ではなくロスデルムにも研究室を造ってもらえることが決まったからである。


「曾孫の顔が早く見たいのう。期待大じゃのう」


 だけど子どもを授かるシステムって、まるで魔術みたいよね、とオレンジジュースをすすりながらフランシーヌは思った。

 ベッドで激しくダンスして、子どもを授かるようにお祈りすると、天から鳥が赤子を運んでくるんでしょう?

 それって魔術と何が違うのかとフランシーヌは疑問に思うのだが、神への祈りによって神の気まぐれで叶えられることは、魔術ではなくて〈神秘〉と言うのだ。そう言わないと怒られるのだ。司祭様とかに。


 道理に合わない約束事がちまちまと多いのでフランシーヌは聖父教会《宗教》が苦手だ。


 まあでも、ロスデルムでは早朝礼拝でミサ曲のソロパートを歌わされないので楽ちんだった。


 ロスデルムに嫁いできていちばん良かったことはそれだ。


「――と、そういうわけで、結社の用いていた刻印、および宮殿地下に描かれていた術式の起源は、〈灰木の魔女〉が築き上げたとされる原始魔術大系のものに似ているとの指摘が皇太子妃から上がっています」


 フランシーヌが心中で聖父教会の早起き励行への愚痴うらみつらみをこぼしている間に、ルディガーは皇帝陛下への捜査報告に入っていた。


「すごく遠いけれど同じ系統、あるいは発展系とは言えると思うのよ」


 とフランシーヌは呟く。

 過日、輿入れ道具に紛れこませて持ってきていた鍵付きのトランクから〈灰木の魔女の書〉を出してきてエッケルトに見せながら、フランシーヌはこの仮説にますます自信を深めた。


 三楕円の術式は、〈灰木の魔女〉のミツバチ印を源流にしている――。

 灰木のミツバチ印は、楕円の大きさを揃えて等間隔に交差させて重ね、外枠だけ残して内側の線を消したかたちだ。羽を広げたミツバチを単純化したようなマークになるからミツバチ印。


「魔女ですか」


 と独り言のように口を挟んだのは、皇帝陛下の背後に控える侍従ヴィクトールだ。

 濃紫のお仕着せに身を包んだ四十がらみの渋い知恵者であるヴィクトールは、ただの侍従の役割をこえて皇帝陛下の私的な副官のような立ち位置で仕える腹心の者であった。


「ヴィクトール、何かあるかのう」

「いえ。ただの連想ではあるのですが。そういえば最近、妙な噂を耳にしていたことを、ふと」

「噂とな」

「はい。この半年ほどのことだったと思いますが、宮殿西翼の地下に、女の魔女が出る、と」


 出る、と言ったら魔女じゃなくて幽霊じゃないのかしら。

 とフランシーヌは突っ込みたくなった。


「それが内通者だった……? では、内通者は女か? あるいは、術式を描いた魔術師もその女か」

「女が魔術を行うとなると、恐ろしい世の中ですな。暗黒時代の再来ですかな」


 世の風紀の乱れを嘆くように肩をすくめるヴィクトールを見て、フランシーヌは震えた。

 魔術をたしなむ皇太子妃が、実際ここにいるんですけど――。


「盲点にはなりがちだな。先入観なく、男女ともに宮中に出入りする者を調べ直そう」


 とルディガーが述べる。


 何故かそのときフランシーヌの脳裏に、先日のマルガレーテの不思議な行動が思い出された。


 今ここでそのことを口にするのは憚られたが、無意識にフランシーヌは隣のルディガーの横顔を見上げた。

 それに気づいてルディガーがフランシーヌに視線を向ける。


「――」


 心臓に不意打ちの矢を食らったかのように息をのんで急に顔を赤くしたルディガーが、朝食の皿の上で取り落としたナイフとフォークの音を響かせる。


 ガラス越しの太陽の光に灼かれてきらきらと潤んだ色素の薄い瞳をまばたいて、フランシーヌは彼の慌てた様子に首をかしげた。

 朝の光にすこぶる弱いというだけのその瞳が、帝国皇太子の心臓に早鐘を打たせていることも知らずに。


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