23 拝啓 ご両親さま
フランシーヌは実家に宛てた手紙の作成にとりかかった。
なるべく家族を心配させないように慎重に言葉を選びながら現状報告をし、さらに、それとなく白煉の魔術師について言及する――これがけっこう難しい。帝国の内情をぺらぺらと暴露するわけにはいかないし、だけどもし白煉の魔術師が本当に復活したのなら両親がそれを知らないでいることはフライアにとっても危険だし。
宮殿の爆発は対外的にはボヤということになっている。
きょうだい王子たちが血相を変えるといけないから、真実は伏せておいたほうがいいだろう。
でも、謎の魔術師がフライア王家と聖女を恨んでいてフランシーヌを攻撃してきたことについては……?
「灰木というのは、古代フライア王国に自生していたとされる樹木のようですね」
療養中のエッケルトが、寝台の上で資料をめくりながらフランシーヌに問いかける。
寝台脇の安楽椅子で、書きかけの手紙からフランシーヌは顔を上げた。フランシーヌは警備隊本部へ仕事に出かけていくルディガーからエッケルトの相手を頼まれたため、彼の療養を見守りながら、手紙もここで書いている。
エッケルトは特に迷惑そうな顔はしなかったが、「なるべくメルテレース氏と妃殿下を二人きりにしたくないんでしょう」とルディガーの思惑を解説して同情の微笑みをみせた。
「はい、そうです。でも今ではどこにも生えていないのよ……」
「〈灰木の魔女〉が処刑されて以降、灰木の木も国土中から根絶やしに抜かれて燃やされたということですね」
「ええ、そうなのよ……」
「楽器職人のギルドから派生した例の結社は、失われた灰木の復活を求めているそうです。灰木は楽器の素材としても名器を生む木材として昔から有名だった。ただ、古代フライアにおける〈灰木の魔女の乱〉によって、大陸のフライア以外の地域でも呪われた楽器のイメージがついてしまった。大陸各地で盛んになった魔術狩りの時代には、灰木製の楽器もほとんどが燃やされてしまった」
「とんだとばっちりよね……。それで楽器職人たちは現代にふたたび名器を復活させたい、と……?」
「医者や調香師や染料屋らは、やはり灰木が持っていたという効能や香料成分や稀な色味を求めているようですね」
尋問から得られた情報をまとめた資料を手元に置いて、エッケルトが首を傾げる。
「種として絶滅した灰木を甦らせる方法があると彼らに吹きこんだ魔術師がいて、この魔術師に指導されたにわか魔術師のネットワークを用いて実験が進められていることまでは掴めました。でも、皇太子暗殺のナイフの刻印との関連がまだわからない」
「そこが肝心なのに……」
「皇太子暗殺に至るには結社の政治的な主張が薄すぎる。灰木の名誉回復をしろと言われても、そもそも帝国において公式に灰木の所持を禁止した歴史はないので」
フライアならともかく。
「本当の狙いはフライアかもしれない……?」
「いや、今はまだ、そう断じるのは早いと思います。宮殿に魔術を仕掛けた内通者もまだ見つかっていない。術式を描いた者を見つけて爆破の目的と背景が解明できれば、おそらく一連の事件の全貌が見えてくるはずです」
うーん、とペンの柄の先で顎をつついてフランシーヌは書きあぐねている手紙の文面を読み直す。
――ところでお父様お母様、白煉の魔術師って、ほんとのほんとに死んだのよね?
……どことなく間抜けな質問である。
もっとこう……ぶっちゃけたことを訊きたいのだ。本当は。
そもそも何でウチの家、白煉の魔術師にそんな恨まれとったん?
とか。
「妃殿下に対して素人質問で恐縮なのですが、〈灰木の魔女〉と〈白煉の魔術師〉の間には、何か関係があるのでしょうか?」
「へっ? ああ! ううん、〈灰木の魔女〉って大昔の人なのでさすがに知り合いとかではないでしょうけど、関係と言えば大アリですかね。だって魔術師たるもの、灰木の魔女の術式に憧れない人なんていないでしょ。知らなきゃモグリですもんね。まあでも灰木の魔女の書を全巻揃えるのは至難のワザなので、そこらのニワカじゃ大したことは知らないかもですけど!」
熱弁したあとでハッとした。
そういえば、例の術式は――。
「妃殿下?」
「あっ、ごめんなさい。フォルク公爵、ちょっと待ってて、見せたいものがあるので取ってくるのよ」
と言い置いて安楽椅子を立ち、フランシーヌはエッケルトの寝室から飛び出す。
――と。
「きゃっ」
「あわわっ」
どすっと人にぶつかって両者それぞれ床に倒れこんだ。
「……申し訳ございません!」
「マルガレーテ……?」
ぶつかってしまった相手は、フランシーヌ付き女官の一人であるコンラディン伯爵令嬢マルガレーテだった。
女官の中では最も若くて、口数も少ない大人しい印象の淑女だ。
倒れた拍子に手から飛んでばらばらに散った手紙の便箋をフランシーヌはとっさに集めはじめる。
最後の一枚を先に拾ったのはマルガレーテだった。
「あ、ありがとうなのよ」
それを渡してくれるとき、マルガレーテはフランシーヌのほうを見ずにうつむいていた。
じっと文面を追っているように見えた。
「あ……」
「申し訳ありません。失礼いたします」
フランシーヌに便箋を押しつけるとマルガレーテはさっと立ち上がってそそくさと部屋から出ていった。
フランシーヌは首を傾げた。
彼女を供に連れてきた覚えはないのだが、エッケルトの寝室に続く次の間で、マルガレーテはいったい何をしていたのだろう?




