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21 恋愛初心者

 翌日の晩、療養をつづけるエッケルトの寝室に、うなだれるルディガーの姿があった。

 頭を抱えて見舞客用の椅子に座っているのだが、抱えた懊悩の重さのせいで両膝よりも低く垂れた頭は床に激突せんばかりである。


「今ごろ、あの魔物とフランシーヌ・フライアは二人きりなのだ……」


 枕に身体を起こしたエッケルトは神妙な顔でルディガーの相談を聞いているが、鬼の霍乱としか言いようのない従兄弟の様子に笑いを堪えるのに必死で、同時に傷の痛みもぶりかえしてくるので結構しんどい思いをしていた。


「昨夜の君はどこまで頑張ったんだい?」


 訊きながら笑いを噛み殺すエッケルトは返ってくる答えにうっすら予想がついている。エッケルトの率直な質問にじろりと目を上げてルディガーは苦々しく答える。


「何も。大したことはしていない。額に口づけしただけだ。だがそれだけでも、あいつがフランシーヌに触れるのは耐えられない……!」


 片手で顔を覆ってルディガーは椅子の背にくずおれた。


「あの魔物、きっちり時間を計測していたんだ。夜の11時から朝の6時まで、俺がフランシーヌと寝室にいた時間を」

「それで今晩はメルテレース氏とフランシーヌ妃殿下が共寝をする番なんだね」

「共寝って言うな!」

「ごめん、ごめん。でも本当に一緒の寝台で眠ったというだけなんだろう。よく頑張ったね、ルディ、偉いよ」

「エッケルト……怪我人に殺意を抱かせないでくれ」

「ええぇ? 褒めてるのに」


 自制が吉と出るか凶と出るかは今のところわからない。

 だが、魔物の契約とやらは、フランシーヌの言う通り、やたらと正確無比できっちりかっちりしていた。

 メルテレースが魔性らしい謎めいた含み笑いを浮かべて宙に出現させた巻き物には、11:00、11:15、11:30、と時刻表示が刻まれた時間経過の記録とともに、二人の間に行われた行為が正確に記載されていた。


 すなわち、

[ルディガー、額に接吻]

[ルディガー、乱暴に押し倒す(その先は未遂)]

と。


「なら今晩のところは何も起こらないさ」

「魔術の合理性は認めるとしても、魔物を信頼していいものなのか……?」

「そこなんだがね、ルディ。フランシーヌ妃殿下とメルテレース氏は、両人ともに子どもの頃からの間柄だったと言っていたよね? だったら君の勝ち目もなくはないよ。幼なじみというのは、大人になってから恋心に気づいても先に進むのが逆に難しいところがあるからね……」

「そうなのか?」

「そういうものだよ」


 ルディガーは顔を上げ、ちょっと眉をひそめて黙った。

 まるで経験者みたいな実感を込めて言うではないか、と思い、そしてそのことには二つ三つの心当たりも思い出したのだが、自分は部外者なので、結局黙っていることにした。

 エッケルトも自分も、一年前の事件のせいで人生が少しだけ歪んでしまった。予定されていたレールの上を進まされていることには変わりないのだが、若者らしく周りの景色を楽しむ余裕がなくなった。特にエッケルトは、父親の跡を継いでルディガーよりも先に立派な大人になってしまった。……名門公爵家の当主を25歳という若さで務めなければならなかった。


 自分とて、皇太子の役目を何よりも優先しなければならないのは同じはずなのだが。


「仕事にならないんだ。午前中も午後も、部下の報告と書類の文字が半分も頭に入ってこない。フランシーヌ・フライアが魔物のあいつと話しているときの顔が浮かんで苛々する……!」

「色恋に21歳(その齢)まで免疫がないって怖いなあ。っていうかそろそろほんとに傷口が開きそうなので真顔で可愛らしいことを言うのはやめてくれないかな?」

「どうやったらフランシーヌ・フライアの心を俺のものにできる?」

「心は所有できないよ、ルディ。人間には」

「俺は帝国皇太子だぞ」


 エッケルトはその言葉を聞いて苦笑していたが、ルディガーはどうしても、自分に不可能な物事が存在することを許せなかった。

 八千万余の帝国圏臣民を豊かに生活させるためには、人間であることを捨ててでも、ルディガー・ロスデリヒ・フォルクハルトは完璧な皇太子としてあらねばならない。


 美しく聡明で、いま帝国を救うために必要な知識を携えたフランシーヌ・フライアは、まさに己にふさわしい伴侶だと確信できる。


 だから、絶対に――。


「どうすれば彼女の心を、あいつじゃなくて俺に向けさせられる……?」

「君は本当の初心者だから、ごく簡単なことから始めたほうが良いかもしれないな。こういう小手先の手段はぜんぜん愛の本質じゃないんだけど、初心者だから仕方がない。フランシーヌ妃殿下の心に寄り添う初歩レッスンとして、贈り物をしてみたらどうだい?」

「贈り物?」

「妃殿下の欲しいものをプレゼントするんだ。君があげたいものじゃなくて」


 純粋な子どもが、おばあちゃんの知恵にびっくり感動するように目と口をぽかんと開いて、やがて我に返ったようにルディガーは膝を打ち「なるほど……」と言った。


「いや、なるほどってほどでもないけどね」

「皇太子妃には皇太子妃の宮廷予算が与えられているのでその発想がなかった。わかった。何が欲しいかフランシーヌ・フライアに訊いてみる……」

「本人に訊くのか……まあ、独りよがりなプレゼントより無難かな、うん」

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