18 今夜これから
「け、契約ってどういうこと、メルテレース?!」
フランシーヌは驚いて声を上げたが、ルディガーがメルテレースのほうを見させないように後頭部を押さえたので、彼の胸の中でふがふがした声になった。
「白煉の魔術師が聖女に倒されて息絶えるとき、魂の不死を魔界の王と契約したんですよ。その対価が聖女の娘の魂だったんです。僕は当事者ではないので、半分想像ですが。たぶんそんな感じだと思います」
「(ふがふが)どうして今まで黙ってたのよ!」
「ハンドサインは込み入った話に向いてないので、伝えられませんでした」
いやいや、結構複雑な話も二人の間では充分交わされていたので、堂々としらばっくれられている気がする。
「(ふがふが)たぶんそんな感じって……この期に及んでどうしてそう曖昧なの?!」
「僕はフランシーヌの魂に出会って以来、魔界に帰っていないので、詳しいことはよく知りません。あの頃まだ僕も子どもでしたから」
「(ふがふが)じゃあ、白煉の魔術師はまだ生きているっていうこと……?!」
結社の集会所に現れた男は、本物の白煉の魔術師だったということなのか。
「フランシーヌ・フライア。剥がせないなら、こいつは君の力で浄化して倒すしかないな」
「……っ?!」
厳然としたルディガーの声に、その胸の中でフランシーヌはぎょっとした。
どうしてそんな残酷なことを急に言うのか――。
「その様子では、試みたこともないのか」
ルディガーの声の調子がだんだんと据わっていく。
「聖女フランシーヌの優しい心は俺にも伝わる。フライアでの君にそれが無理だったことはわかる。だが帝国皇太子妃――未来の帝国皇妃の使命としてなら?」
「こ、皇太子、殿下……?」
フランシーヌは動揺した。しかし帝国皇太子としてのルディガーのその言葉はもっともだ。帝国皇室に魔物に取り憑かれた皇太子妃を受け入れるわけにはいかない。メルテレースの存在を知られればこうなることは自然だった。感動なんかしている場合ではなかったのだ。
ルディガーの拘束が緩んだので、フランシーヌはメルテレースを振り返った。
魔物の貴公子は、なぜか余裕綽々、超然とした顔でそこに佇んでいる。
フランシーヌが、けしてメルテレースの消滅を願うなどということができないのを、彼は知っている。フランシーヌにとってメルテレースは、幼い頃から唯一の友だちで、孤独の理解者だったから――。
「……今はそんな話をしている場合ではないよ、ルディ」
静かにエッケルトが割って入った。
「白煉の魔術師、あるいはその継承者であるとしても。世界に仇なそうとする敵が現実に姿を現した、そのほうが重大な問題だ……」
「確かにそうだな」
血が昇っていた頭を正常に引き戻すように一振りして、ルディガーは取るに足らない幻影を置き去りにするようにメルテレースを無視した。
さりげなくフランシーヌの身体を引き寄せ、メルテレースから見えにくい位置に来るように立ち位置を変えながら。
「あの魔術師は、フライアへの恨み言を口にしていたな」
『邪悪なフライア王家と忌まわしい聖女――』
男はそう言っていた。フランシーヌにとっては噴飯ものな言いがかりだ。
「あの男が本当に白煉の魔術師で、フライア王家に恨みがあるなら、フライア王国でリベンジの騒ぎを起こすはず。それがなぜ、あの男は帝国で活動しているんだ?」
と、ルディガーは腕組みして首をひねる。
「私にあそこで会ったのは偶然で、ラッキーみたいなことを言ってたのよ」
「ああ、言ってた。ということは、今現在の奴の狙いは帝国なんだよな」
全方位に恨みつらみがあるとかだったら、相当拗らせた陰キャなのかもしれない……。
「集会参加者の取り調べの報告書と分析は近日中に上がってくる。それまでできることは限られる。まず一つは、白煉の魔術師について調べておきたい」
「あの、私、フライアの両親にお手紙を書いていろいろ聞いてみようと思うのよ」
「ああ、頼む。フランシーヌ・フライア、やはり君はとても聡明だ」
「そ、それほどでもないのよ」
「二つめは、これもフランシーヌ・フライアにしかできないことだが」
「……?」
伸ばした両手をフランシーヌの両肩に置き、まっすぐに両瞳を見つめてルディガーが言った。
「今夜、これから初夜を行う」




