17 全身くまなくじっくり診察いたします
どこの世界に夫と愛人(?)が喧嘩している修羅場で感動してしまう新妻がいるのか……。
「そもそも、僕とフランシーヌの二人の世界に厚かましく割りこんできたのは君なんですよ。何を勘違いしているのだか」
両腕を開いてメルテレースがやれやれと肩をすくめる。
もはやルディガーのこめかみの血管は地図に描かれた運河のようにはっきりと青く脈々とした流れを打っていた。
「そ、それなんだけど、なぜ皇太子殿下にメルテレースが視えるようになったのかしらね?」
今のところ、メルテレースが視えるようになったのは、ルディガー皇太子と、それからエッケルトだけだ。
「ルディ……どこか怪我したんじゃないのか……」
重ねた枕に軽く身を起こしているエッケルトが、浅い息ではあるが明瞭な声で言った。
灼熱の熱さを持った氷の矢をエッケルトは受けた。身体の熱で溶けて矢はすぐに消えた。あるいは魔術の矢だから消えたのかもしれないが。そして魔術の矢である以上、殺傷力以上の意味を持っていた可能性がある。
何らかの術とか、呪いとか。
現にエッケルトはメルテレースが視えるようになった。
ということは……。
「掠めただけだ。大した傷も残っていない」
「ほらね……」
困ったようにエッケルトがフランシーヌと目を合わせる。
フランシーヌは急いで立ち上がって、ルディガーの元に寄った。
「どこですか。見せて」
「別にいい。本当にかすっただけだ」
にじりよるフランシーヌからじりじりと後ずさっていくルディガー。
妙に抵抗するものだ。
「フォルク公爵はちゃんと見せてくれたわ。ぐっすり昏睡中だったけど」
「氷のかけらが当たっただけだって言ってるだろ」
「あ、怪しい! 何だか怪しいのよルディガー皇太子殿下!」
「ただの自意識過剰な反応ですよ。だから僕が言ったではないですか。完璧皇子なんて見掛け倒しで実態は女性扱いにも慣れていないウブな童貞野郎だって。誤魔化すために仕事で忙殺されてるムーブを演じてるだけだって」
「あー……それ当たってるかもしれない……」
ルディガーから凄い勢いで睨みつけられたエッケルトが思わず吹き出して傷の痛みに呻いていた。
「見せて!」
「……ここだが」
フランシーヌに壁際まで追いつめられ、たじろぎつつも観念したように、ルディガーは首筋の横のほうを指差した。
フランシーヌは爪先立ちして伸び上がり、彼の肩に手を掛ける。
「……」
「あっほんとう、傷があるのよ。そのままじっとして。魔力が侵入してないか視るから」
じーっとフランシーヌはルディガーの首筋に目を近づける。
ただ視るだけで、痛みを与えるわけではないのだが、ルディガーが息を詰める気配がした。
爪先立つ足がだんだん震えてバランスを崩したとき、咄嗟にルディガーがフランシーヌの腰に手を回す。
「うーん、たぶん何もないわ。大丈夫。呪いは受けていないみたい。だけど視えるようになったのは、フォルク公爵と同じく魔術に触れた影響だと思う」
「フランシーヌ・フライア……」
すとんと踵をつけて離れようとしたフランシーヌは、絡め取られたルディガーの腕の中で動けなくなっていることにびっくりした。
「あの、皇太子殿下?」
パアンッ、と音をたてて寝室のすべての窓がいっせいに開く。
突風が吹いたみたいだった。
「なるほど……怪現象の原因は、メルテレース氏だったんだね」
合点がいったというようにエッケルト。
「フランシーヌ、僕も全身くまなく魔力チェックしてください!」
「あのね、メルテレースは全身くまなく魔力のかたまりでしょう? 何を脱いでいるのよ他人様の寝室で!」
脱ぎかけていた黒いシャツを、しれっとした顔で羽織りなおしながら、メルテレースがどこか据わったまなざしでフランシーヌを見つめて言った。
「その男と距離を縮めるなら、そのぶん、同じぶんだけ僕が本来フランシーヌに持っている権利を行使しますよ。おそらく誰にも僕の要求に抗うことはできません。フランシーヌの魂を贄にした魔術師との契約は絶対なので」
腰にまわされているルディガーの腕に力がこもった。引き寄せられた夫の胸の中でフランシーヌは瞳をひらく。
「聞き捨てならないことを宣いはじめたな。それが貴様の正体か」




