14 魔術師、現る
「連中は楽器づくりの伝統継承の勉強会だと言ってるが、これを見れば魔術との関わりは一目瞭然だな」
一斉検挙を終えて空っぽにした建物の中で、ルディガーは足元の床に描かれた三楕円の魔術陣を見下ろした。
彼はその傍らにフランシーヌを連れてきていた。
「文字が増えているが、どんな意味があるかわかるか」
「ええと……わかります。でもこれ、うーん、ほとんど意味のない、初歩のおまじないの言葉ですね。あなたの未来が明るく健康で楽しく幸せでありますように、ぐらいの意味です」
三楕円のマークの周りを囲む二重の真円。そこに、魔術言語と呼ばれているミミズののたくったような文字で、その言葉は書かれている。
暗殺を実行したかもしれない秘密結社の奉じる合言葉にしては、場違いな感じがある。誰かのための幸せを願う優しい気持ちがこめられたこのまじないは、フランシーヌが愛読する『灰木の魔女の書』にも序章で取り上げられている。灰木の魔女という大昔の魔女が使っていたものらしい。『灰木の魔女の書』は魔女本人ではなく、後世の魔術研究者によって書かれたものだが。
「尋問によって新しくいろいろなことがわかるだろう。奴らの目的や、魔術をどのように使おうとしていたか……」
「ルディ。捕縛されていく者たちの様子を見ていたけれど、武装はしていなかったし、戦闘訓練を受けた者たちのようにも見えなかった。身体つきや仕草を見ればわかるよね。深夜に秘密の集会を重ねているということなら確かに何か現状を変えるために主張したいことのある集団ではあるのだろうけど、普段は楽器づくりを生業にする者たちがほとんどなのは本当みたいだ」
「何が言いたいんだ、エッケルト?」
「節度を持って権力を使ってほしい」
「暴力に暴力で報いてはいけない、と説教をしたげな顔だな。もちろん、無理な拷問などはしない。まだ、今日のところはな」
「ルディ……」
拷問、という不穏なワードを聞いたからなのか、フランシーヌはひやりとした冷気を背筋に感じ、両手で身体を抱いてやりすごす。
けれど何故か震えがしばらく止まらず、背中に冷や汗をかきはじめた。
「何だか、さむい……」
ここ寒くないですか、と小声で呟きながら辺りをきょろきょろと窺った。いったいどこからこんなに冷たい隙間風が吹いてくるのだろうか。
ふりかえった目の端で何か動く影を見た気がした。
その瞬間。
「ルディッ!」
鋭く叫んだエッケルトがフランシーヌとルディガーの後方に飛びこむ。
二人を庇うように両腕をひろげたエッケルトを目がけて閃光の矢が疾り、どん、という鈍い音が聞こえた。
膝をついたエッケルトが抱える腹部に氷柱が突き刺さっていた。
「フォルク公爵!?」
驚愕して叫んだフランシーヌの前に、剣を抜いたルディガーの背中が立ち塞がる。
「姿を見せろ! 貴様が黒幕の魔術師か?」
「ルディ、逃げるんだ。魔術には対抗するすべがない――」
「ここで逃がせるか! エッケルトは喋るな。すぐ終わらせる」
救援を呼ぶ笛を鳴らしながら、ルディガーはエッケルトの上衣から抜きとった拳銃を剣を握る左手の甲の上で構えた。
照準は集会室の隅の闇へと定められている。――そこに何かがいる。
『これはこれは、聖女の娘にまでお目にかかれるとは、我が身の幸運を呪うべきだろうか』
昏く妖しい響きをたゆとわせる声が聞こえた。
闇に炎が灯る。ゆらゆらと揺れる真っ赤な炎は爆ぜるように膨れあがって、楕円の青白い炎となった。
眩しいほどの光輝を放ち、灼熱の炎は空気を歪ませた。
フランシーヌは炎の中心を通り抜けるように歩いてくる人影に目を凝らす。
やがてそれは現れた。
『邪悪なフライア王家と忌まわしい聖女の血を混ぜ合わせた娘がどのように育つかには興味があった。私の授けた呪いは楽しんでいるか?』
それは若い男の姿をしていた。
漆黒を白炎で染めたような、あるいは白炎を漆黒で染めたような、まだらの髪に、炭の奥で燃える熾火に似た朱の光がきらめく黒い瞳――。
闇色のローブを纏った青白い顔色をした男の呼び名を、フランシーヌは知っているような気がした。
「白煉の魔術師……? うそ、でしょ……だって白煉の魔術師はおとうさまとおかあさまが――」
倒したはずだ。フライアを呪った最悪にして最強の禍々しい魔術師は、死んだはずだ。
とっくに、死んで、灰になったはず。




