13 王族逃亡をあきらめない
「楽器職人のギルド?」
アジトに向かう馬車の中でエッケルトが驚いて言った。
「用途不明瞭な建物の所有者をリストした中では危険度最下位くらいの位置だったよね? 楽器職人のギルドがなぜ反帝国組織に?」
「それはまだわからないが、その建物で深夜に不審な集会が開かれていると通報があり、内偵をつづける中で、参加者に魔術史研究者がいることがわかった。帝国内の大学に魔術史を扱う部門はないから、野良の独学者ということらしい」
野良の黒魔術独学者であるフランシーヌは座席の隅で一人ひそかにびくりと震える。
「その魔術史家の身辺を調べると、魔術師のネットワークらしきものが浮かび上がった。魔術師を稼業としている者はいない。医者や、調香師や、染料屋……、辻占い師というのもいたな。占いで未来がわかるなんて与太を今だに信じる人間がいるのかと思うと我が帝国の教育制度が情けなくなるが」
えええ、そういう純粋な人がいてくれないと私の王族脱出計画が……。
「魔術師のネットワーク……そういうものがあるのか……。本格的にフライア王国から専門家を招聘することを検討すべきかもしれないね」
「専門家ならここにいる」
「フランシーヌ妃殿下の知識が頼もしいことは事実だし、妃殿下がお持ちなのは知識だけじゃない、それは僕も承知だよ。でも、こうして妃殿下に現場にお出まし願うのは、僕はやはり承服できないよ。危険だ」
「本人の希望だ。危険からは俺が守る」
「だけどね……」
どうも自分がこの馬車に乗っていることでルディガーとエッケルトのあいだに口論を発生させていると知り、フランシーヌはあわあわした。何か言わないといけないのかもしれないが、青年たちの真剣なやりとりに割りこんで入っていくだけの技量がフランシーヌには絶望的にない。
そうこうするうち馬車は闇夜の裏通りの一角に滑りこんだ。
闇に紛れて捜査員の群れが街のあちこちに散らばり、不審な深夜の集会を包囲しているという。
「突入しろ」
直属の捕縛隊にルディガーが命じた。
捕縛隊を率いていくルディガーの背中をフランシーヌは見送った。
捕縛が完了するまでフランシーヌはエッケルトと馬車内で待機することになっていた。フランシーヌの知識が必要とされるのは、組織の者たちの所持物や建物に残されているかもしれない魔術の痕跡を捜査する段階だ。
「ロスデルムにいらして早々、大変なことに巻きこんでしまいましたね。嫁いだ相手がルディガーみたいな、何ていうか、唯我独尊で突っ走る若気の至り真っ最中なやつだったばかりに……」
心から同情と思いやりを伝える表情でエッケルトがフランシーヌに言った。
「はあ……、いえ……、あの……、いえ、思っていたよりも、面白いです、ロスデルム」
「面白い」
「はい……。フライアでしていたことはロスデルムに来たらもうできなくなると覚悟していたんですけど、私の知識が思わぬお引き合いをいただいて……」
「そういう意味では、素晴らしき御縁だったと言えますね。さすが皇帝陛下の天性の采配と申しましょうか」
「ですね……皇帝陛下に〈お見合いの魔術師〉の称号を差し上げたいです……」
鉄鍋の水鏡が教えた運命の相手とは、こういうことを指していたのか、とフランシーヌは得心した。
つまり……、知識の需要と供給の運命だ!
そう、恋だの愛だのがフランシーヌと関係あるわけがなかった。ようやくフランシーヌは心の中で自らの魔術の腕前にガッツポーズをする。当たっていたのよ、あの占い。
「フランシーヌ妃殿下のご寛容さに僕は本当に感謝します。さっきのルディガーの暴虐無人も、彼の代わりに改めて謝罪させてください」
「え……そんな深々と頭を下げられても……べつに、特殊なダンスを申しこまれただけですし……」
「勝手な言い訳になってしまいますが、ルディガーがああなってしまうのも仕方がない面が、多少はあるのです。彼は、焦っているのです。目の前で父親を殺されるという経験は、それくらい大きなものでした」
フランシーヌは心の痛みを感じながらエッケルトの言葉を受け止める。
頭を上げても、エッケルトはまだ目を伏せていた。
フランツ皇太子が暗殺されたとき、エッケルトの父である先代のフォルク公爵もまた、フランツ皇太子を庇って犯人の刃を受けた。即死ではなかったが、フランツ皇太子を守りきれなかったという悔恨の中で生死の境をさまよい、一週間後に先代フォルク公爵も亡くなった。
エッケルトが若くしてフォルク公爵となった理由だ。
「事件の真相に辿り着けないままでいることも、ルディガーを追い詰めている。彼は幼い頃から完璧な皇子と謳われ、自分でもそれを認めて、自分で自分に完璧でありつづけることを常に求めながら生きてきたので、今の不甲斐ない状況が耐えられないのです。自負と裏返しの不安が、いつも心に重くのしかかっている。自分がしっかりしなければ、帝国を瓦解させてしまうかもしれないという不安が」
フランシーヌは黙って頷いた。
フランシーヌもフライアの先代国王の死のあとの両親の苦労をよくよく聞かされて育っているので、ルディガー皇太子にかかるプレッシャーや、それに耐えているルディガー皇太子の凄さはよくわかる。ナチュラルに尊敬してしまう。
それに比べて自分は聖女の義務から逃げることばかり計画してきたし、今だってこの華やかすぎる王族生活からの逃亡を実のところ諦めきれていない……。
魔術の絡んだ黒幕検挙に協力して手柄を上げれば、恩賞として皇太子妃を引退、いや勇退させてもらえたりしないだろうか?
とかなんとか、なけなしの希望を頭に浮かべたりしているのである。
「ちょっと重たい話をしてしまいましたね」
薄暗い車内の空気を和らげるように微笑むエッケルトにフランシーヌは首をふった。
「フランシーヌ妃殿下、面白いと言えば、そのネックレスも面白いですね。昼間はスモーキーに見えましたが、夜になったら透明に輝きはじめた。それはフライア産の石ですか?」
「あ……」
どうやら浄化が完了したようで、フランシーヌの首を飾る連珠はきらきらとクリアで清浄な光を放っていた。




