【第92話】ゼッタの大戦⑦ 開戦
兵たちの士気が上がりきったところで、僕らは各々配置につく。
第四騎士団5000のうち双子を含めた4000と、ホックさんが率いるリュゼル隊1000が砦を出る。
結局、ホックさんの要望に応じてリュゼル隊を預けることになった。
リュゼルとフレインの2人の騎乗技術は同等でも、フレイン隊はまだまだ騎馬隊としての経験が浅い。ホックさんの指揮についてゆくと言う点を考えればリュゼル隊が適任だった。
フレイン隊は砦の外壁で僕の指示を待っている。そして僕は、ウィックハルトとディックを連れて砦の外壁の中でも一段高い見張り台にいた。
当初は僕も出陣する気満々だったのだけど、リュゼル、フレイン両名に止められた。「ひとまずお前の出番ではない」と。
確かに今回の出陣はあくまで牽制しながら相手の動きを探るためと、ユイメイの双子の部隊及び、即席のニーズホック隊(リュゼル隊)を外に出すためのものだ。
双子の部隊とニーズホック隊以外はおそらく戦わずして砦に戻ってくる。そこからが防衛戦の本番となる。双子とニーズホックさん達は、外から敵を撹乱するのである。
フレイン隊は敵に隙があれば出撃も視野に入れるけれど、今回は第四騎士団と協力して城壁の上での防衛戦に回るのが基本路線。フレイン隊はつい先日まで歩兵隊だったので、この辺りの切り替えは早い。
今、僕の視線の先にはゴルベルの大部隊が展開を始めていた。戦場で実際に2万の兵を見るのは初めてだ。喉の奥が粘ついて、少し吐き気がするけれど、吐いている場合ではない。
ゴルベルは兵の多さを生かして翼を広げるように展開している。遠くの国では鶴翼の陣などと呼ばれるそれは、誰も逃さないという意思表示にも見えた。
外壁から見える隊旗は4つ。一部隊あたり5000と考えて、本隊を除く15000で攻めて来るのが定石だけど、今回は超短期決戦だ。2万全てが押し寄せてきてもおかしくはない。
旗印の中には白地に三つ野薔薇、それから濃紺の下地に違い剣と星も見える。前者はゴルベルの英雄ローデライト=エストのものだ。後者はゴルベル三将の一人ゼーガベイン。
ゴルベルで注意しなければならない将軍は4人いる。一番有名なのがローデライト=エスト。目立ちたがりの英雄だ。
華々しい戦果と喧伝上手でゴルベルの民の人気は高いローデライト=エストだけど、実態を知る者の評価は分かれる。
僕が見た後世の評価によれば、策略家、軍師などと呼ばれているが、それらは全て他人が考えたものだという話が、様々な書物に散見されていた。
ただし、いずれの評価であっても変わらないのが「戦は強い」である。
ルデクと比べ、国力で劣るゴルベルが互角の戦いをしている立役者であることは間違いない。個の武も高く、何気に大陸10弓の一人でもある。
しかし槍の方が派手だという理由で、弓での戦いを好まないと言うから、まぁ、変わっているんだろう。
ローデライト=エスト以外では、ゼーガベイン、ファイス、ブートストのゴルベル三将と呼ばれる将軍が有名。この4人がゴルベルの軍事の柱だ。
ゴルベル三将のうち、ファイス将軍はエレンの砦で確認され、ゼーガベイン将軍はこの場にいる。と言うことは、ブートスト将軍は南部を攻めている軍を預かっている可能性が高いな。
であれば、南の軍も侮ることはできない。レイズ様が向かっているにしても、すぐに撃退してこちらへ援軍というのは厳しいと思う。その希望に縋るのはやめておこう。
ゴルベルの部隊には完全な騎馬部隊というのが存在しない。騎乗した将官クラスに、歩兵の組み合わせが基本。この辺りは国の経済力による。
国の規模で考えると、どちらかと言えば、維持費のかかる軍馬をこれだけ保有するルデクのほうがおかしい。
そうこうしているうちにゴルベル軍が本格的に動き出した。
向こうも様子見なのか、やはり本隊とおぼしき一部隊を残し、進軍を始める。
残ったのはゼーガベイン将軍か。ローデライトの部隊じゃないのが少し意外だ。
そういえば以前に、レイズ様がローデライトのことを「ローデライトは一部隊なら厄介。大軍の将ならやりようがある」と言っていた。大将向きの将ではないのかもしれない。
ゴルベルの動きを確認してから、すでに砦周辺からは姿を消した双子の率いる1000と、ニーズホック隊以外は入城を始める。流石に無策の3000で15000の相手はできない。
彼らは急ぎ城壁を上がってくると来るべき敵兵対応のために配置につく。
「敵は15000ほどで攻めてきますな」いつの間にか僕のいる見張り台に上がってきたボルドラス様が、少し楽しそうにゴルベルの大軍を眺めながら言う。
その姿にまったく動揺が見られないのは流石だと思う。
「どうでしょうか、ウィックハルト。せっかくなので開戦の狼煙を上げてみては?」ボルドラス様の言葉に「良いのですか?」とウィックハルトが返す。
初撃というのは武人の誉だ。この砦の主力が第四騎士団である以上、第四騎士団の将官がその誉を担うのは暗黙の了解である。
「ええ。折角です。蒼弓の一撃で敵を震え上がらせてやりましょう」と不敵に笑う。
「そこまで仰られるのなら」
ウィックハルトは見張り台から降りて、城壁のへりに立つとゆっくりと弓をつがえた。
ゴルベル軍の進撃の声が風に乗って大きくなってくる。その気勢を弾き飛ばさんとばかりに、ウィックハルトが弓を絞る。
「はっ!!」
ウィックハルトの手から放たれた矢は、一直線に空気を切り裂き、一人の将官を正確に射抜いた。馬上から崩れ落ちるゴルベルの将官。沸き立つルデク側。
このウィックハルトの一射によって、ついにゼッタ平原の戦いの幕は切って落とされたのである。