【第88話】ゼッタの大戦③ 意外な来訪者
僕らがキツァルの砦に到着して数日が経った。
「おい、また追いかけられてるぞ」フレインの指差す先では、ルファが双子の騎士から追いかけられて逃げているところだった。
「相当気に入られたんだな」リュゼルも呆れ顔でその様を眺める。
ルファがキャーキャーいいながら逃げると、なぜかユイメイの双子は余計に喜んで追いかける。小動物と狩の練習をしている猫の如くだ。
ルファがザックハート様の養女ということもあり、当初は第四騎士団の人たちが慌てて止めに入っていたが、双子は非常に息の合った連携を見せて絶対に捕まらず、ルファを追いかける双子を追いかける大勢の兵士という珍妙な絵面を見ることとなった。
そうして少しすると、第四騎士団の人たちも諦めた。
ルファの役割が戦巫女だと知られると、年配の兵は微笑ましそうに、若い騎士は興味深そうに3人の追いかけっこを眺めている。
戦巫女というのは、どちらかといえば本気の神頼みというよりは、こうしてみんなの息抜きとしての存在が大きいのだと、年配の兵士が教えてくれた。
確かにいつ戦いが起きるかもしれないという緊張状態を継続し続けるのは、精神的な疲労が大きい。昔の人は、結構合理的な理由で戦巫女を連れていたんだな。
尤も、ユイメイは絶対にそんなところまで考えずに追いかけ回していると思うけど。
ちなみにユイメイに関しては、そんなキャラなので自然と通称で呼ぶようになっている。第四騎士団の人にユイゼストさん・メイゼストさんと言うと、一瞬誰のことか通じないという難点もあった。本名なのに。
まぁとにかく、ルファのおかげで砦の中の雰囲気が良くなるのは良いことだ。あの双子に追いかけられるのは大変だけど、少し頑張ってもらおう。
というか、双子はなんの準備もしなくて良いのだろうか? 騎士団長のボルドラス様は忙しそうに各所の調整に走り回っている。。。。ああいうの、副官とか側近とか、そういう感じの立ち位置の役割じゃないのかな?
いずれにせよ他の部隊のやりようだ。口出しするところじゃないな。
現在この砦に滞在する第四騎士団は総勢で5000。ほかにエレンの砦に3000。これが第四騎士団の最大動員数だ。
元々ここは最前線なので、常に大体このくらいの兵が常駐していた。そこに僕らロア隊、総勢1800騎が加わっている。
約7000の兵を不足なく動かす準備をしているのだから、ボルドラス様も大変だ。
ちなみに第10騎士団は全て動員すると1万を超える。これは騎士団の中でも最も多い。逆に精鋭の騎馬隊のみで構成される第二騎士団は、総勢でも4000騎を少し超えるくらいと最も少ない。
兵数で言えば、ゴルベルと帝国の最前線を守る第四騎士団と第五騎士団、それから王都を守る第一騎士団が第10騎士団に次いで多く、いずれも8000ほどの兵力を保持している。残りの騎士団は大体5000人~6000人前後。
ちなみに第六騎士団に関しては、再建中ということもあり、何名かは他の騎士団の補充に回されたりもしており、現在は4000人ほど。
兵数だけでも如何に第10騎士団が重要視されているのが良くわかる。ゆえにこういった大きな戦いでは常に前線に出なければならない役回りだ。
今回の戦い、できるだけ兵を温存して、第一騎士団との戦いに備えなくては、、、、
「ロア〜ぼんやりしてないで手伝ってくれよ〜」
またちょっと思考の海に沈みそうだった僕を呼ぶ声で、現実に引き戻される。
「ああ、ごめんディック、なに?」
僕がディックの方を振り向いた瞬間、ルファとは違った女性の叫び声が響き、慌てて声のした方へ視線を向ける。叫んでいたのは、、、、ユイメイだ。
「ぎゃー! なんでいる!」
「ぎゃー! 来るなー!」
追いかけている時も、逃げている時も騒がしい2人である。
けれど、追いかけている騎乗した人物を見て僕も驚いた。なんであの人がこの場所に?
「ホックさん、、、、?」
「あら、ロアちゃんじゃない! 来ちゃった」
来ちゃった。てへ、ではない。
「どうしてこの場所に? 第二騎士団も出撃待機の真っ最中じゃないんですか?」
「大丈夫よ。ワタシがいなくてもうちの騎士団はちゃんと動くから」
、、、、それって、騎士団長要らなくない?
「あらあら、つれない反応ね。せっかくレイズの伝言を預かってきたのに」
「レイズ様の伝言?」
「ええ。第10騎士団の本隊は着陣が少し遅れそうと連絡が来たわ。それを知らせに」
「第二騎士団長が? わざわざ?」
「じっとしているのはワタシの性に合わないの。それに、久しぶりにユイメイと遊びたかったしね♪」
「お断りだー!」
「ねぐらに帰れー!」
寸分違わぬ体勢でニーズホックさんを追い返そうとするユイメイ。
「あら! そんなこと言っていいのかしらぁ。師匠のワタシに」
といいながらにじり寄ってゆくホックさん。
「ぎゃー! くるな!」
「逃げるぞ! ユイ!」
と一目散に逃げ出すユイメイを、「待ちなさいな〜」と軽快に馬を走らせて追いかけてゆくホックさん。
何が何やらわからないうちに3人は風のように去っていった。
「、、、、、なんだったんだ?」と呆れるフレイン。
「え? あれニーズホック様なのか? え?」と困惑するリュゼル。そうか、2人はホックさんのあのキャラを見るのは初めてだった。
「、、、ともかく準備を続けよう、詳しくは後で説明するよ」と、僕は若干強引にその場を締めたのだった。




