【第86話】ゼッタの大戦① キツァルの砦
黒に近い濃紺の下地に、金色の糸で刺繍された三日月。その三日月をすり抜けるように、白いつばめのシルエットがしっかりとした存在感を示している。
隊旗ができた。
「三日月とつばめ、か。変わったモチーフだが、悪くないんじゃないか」
「ああ。俺もいいと思う」
出来上がってきた隊旗を見たリュゼルとフレインの両名も気に入ってくれたようなので、ホッと胸を撫で下ろす。
「へえ、悪くないじゃない」
「ええ。かっこいいですね」
しかし、なぜラピリア様とゼランド王子がこの場にいるのか。え? 暇なの?
ゼランド王子は3日前から毎日やってきてちょこちょこしているので、リュゼルやフレインも既に慣れ、居ても大して気にも止めない。
こちらは出陣前で準備に忙しいのだ。邪魔にならなければ放って置かれていた。
ラピリア様は準備の関係で少し手が空いたのと、ルファから隊旗ができたと聞いて見にきたらしい。
ともあれ、ロア隊の隊旗も無事にできて、準備も調ったのでいよいよ出発である。
既に第10騎士団の一部の部隊は出立済み。それぞれ指定された砦に詰めて、ゴルベルの動向を待つ手筈だ。
僕らは騎馬部隊の機動力を生かし、一路最前線のキツァルの砦へ向かう。騎馬だけとはいえ、数日かかる道程となる。
「ご武運をお祈り申し上げます」
「ルファ! 気をつけなさいよ!」
僕ら、というか主にルファの見送りに城門まで来てくれた2人に挨拶を交わし、三日月とつばめの旗を掲げた僕らは揚々と、王都、ルデクトラドを出発したのだった。
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第四騎士団の騎士団長、ボルドラス様を一言で表せば「堅実」だ。個性的な騎士団長が多い中でも屈指の地味さというか。命令を粛々とこなす騎士団と言える。
ゆえにか、エレンの村では「盗賊退治」の指令が下ったがために、僕の知る未来では盗賊を退治するだけの人数を派遣して、逆に追い返されるという失態を演じることになる。
ただし、この一件だけで第四騎士団の評価をするのは間違い。彼らの特徴は重装備兵を多く擁する騎士団であることだ。
守りの戦いとなれば分厚い鉄の壁となって敵の前に立ちはだかるのだ。
ゼッタ平原に配属されたのが第四騎士団でなければ、ゼッタの大戦では第10騎士団が到着する前に敗北が決まっていたかもしれない。
僕が第四騎士団は守備が上手いと評価しているのも、ゼッタ平原で援軍が来るまでの間、3万のゴルベル兵を引き受けていた印象が強いからだ。
そんな第四騎士団には、レイズ様におけるグランツ様とラピリア様のような、懐刀と呼べる有名な将が2人いる。名前をユイゼストとメイゼスト。ルデクでも珍しい双子の武将である。
双子らしい息の合った連携によって戦場を蹂躙する。この双子が遊軍として敵を撹乱し、本隊は巨大な亀のように敵を迎え撃つ。それが第四騎士団の戦い方。
これから待っているのは大きな戦だから、気を引き締めないといけないけれど、ルデクでも有名な双子将に直接会えるとなれば、僕の心は自然と盛り上がる。
どんな将だろうか?
双子の連携の取れた戦い方とはどんなものだろうか?
「ロア、なんか楽しそう。ぼんやりしていると怪我するよ?」
僕と一緒にアロウの背に揺られるルファに注意されて、僕はいけないいけないと首を振って騎乗に集中するのだった。
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数日の後、僕らは無事にキツァルの砦に到着。
事前に連絡していたので迎えの兵士がやってきてくれる。
「第10騎士団のロア隊ですね? 失礼ですが証をお見せいただけますか?」
僕は騎士団同士でないと通じない割符を出して、身分を確認してもらう。
「確かに。ありがとうございます。ようこそキツァルへ。歓迎いたします」と、その兵士の先導で、重厚な城門をくぐり抜けた。
キツァルの砦はなんというか、規模は大きいけれどとても簡素な造りだ。
ハクシャの近くにあったリーゼの砦は、騎士団向けのお店や酒場を経営する一般市民も住んでいて、それなりに彩りがあった。
第二騎士団が拠点にしていたユフェの砦にも、規模は小さくてもお店があったけれど、この砦には店というか彩りのある建物がない。
似たような白い建物が規則正しく並んでいるから、他の砦に比べると簡素に見えるのだ。
よく見ればお店の看板は出ているので、酒場などがないというわけではないようだ。
「どうした?」キョロキョロする僕にフレインが声をかけてきたので、僕は印象を素直に話す。「ああ。ここは一般市民は住んでいないからな」という返答。
両軍ともに兵数を揃えられる立地上、ゼッタ平原で戦闘が起これば必然的に大きなものになりがちだ。
そのためキツァルの砦は戦火に巻き込まれやすく危険なため、この砦で商売をする人たちは、周辺の町村から通ってくるのだという。
「過去には実際に1度ゴルベルに奪われかけているし、その後にも1度大きな付け火が起きている。だからこの砦は殊更簡素な造りになっているんだ」
「なるほどなぁ」
確かに一度砦が奪われた戦いに関しては、書物で読んで知っている。ゴルベル侵攻の初期の頃のことだ。フレインの説明に納得しながら進むと、中央に大きな建物が見えてきた。
「中央棟の右手の建物をロア隊のために空けてあります。馬屋も準備が調っておりますので、ご自由にお使いください」
「ありがとうございます。とりあえず兵たちはそちらへ向かうとして、僕や主だった者たちは、ボルドラス様に挨拶したいのですが」
「畏まりました。では馬はそちらにお繋ぎ頂き、私の後へ」
建物の内部も簡素というか、飾り気のない廊下を進み、ボルドラス様のいる部屋にたどり着く。
「失礼します。第10騎士団、ロア隊の皆様をお連れいたしました」
先導の兵士さんが扉を開けてくれると、両側に秘書を従えた特徴のない中年男性が立ち上がって出迎えてくれた。この人がボルドラス様か。
「やあ、どうもどうも。初めまして。此度は援軍感謝いたします」
「こちらこそ、しばらくお世話になります」
「詳しい話は後にしましょう。まずは疲れを癒されよ。ああ、先に紹介しておきましょう。ご存知かもしれませんが、私が頼りにしている副将、ユイゼストとメイゼストです」
そういって紹介されたのは、先ほどの秘書、、、え? 秘書じゃないの?
「宜しく」
「頼む」
完璧に息の合った長身の美人姉妹が、僕に向かってペコリと頭を下げた。




