【第9話】助手の助手
「辞令は少し先だが、ロアの第10騎士団の配属が正式に決まった」
お昼時、第10騎士団の詰所の食堂でレイズ様が発表すると大きな歓声が起こる。
「良かったな!」
「宜しくな!」
「これからはお客様扱いせんぞ!」
口々に挨拶をしてくれる第10騎士団の兵士たち。ここにいるのは当直兵である300名ほど。力強い喜びの熱気に当てられて背筋がゾクゾクする。
「宜しくお願いします」僕は声をかけられるたびに挨拶を返す。
しばしの騒ぎがようやく落ち着いた頃合いを見計らい、レイズ様が咳払いをすると、みんなの視線は一斉にレイズ様に注がれる。
「住まいについてはしばらく文官の宿舎のままだ。ロアには私の補佐を担ってもらう。また、文官だった経験を活かして、今までグランツが骨を折っていた武器の管理や補給線の調整も担当させる。グランツ、引き継ぎを頼む」
「は、畏まりました」
「それから、彼女もロアの下につけろ。一緒に武器管理などを行わせるといい」
「は、、、宜しいのですか?」
「ああ、こちらもいつまでもお客様扱いはできんだろう、とはいえ兵士は無理だ。ロアの下なら何かしらやれることもあるはずだ」
「、、、、畏まりました」
何やら気になる会話が続く。彼女とは、誰のことだろう。ラピリア様という例外はいるけれど、基本的に騎士団は男どもの集まりだ。見渡しても女性の姿は給仕の人くらいしか見当たらない。
そんな僕の顔をチラリと見たレイズ様は少しだけ目を細める。それを見てこれは教えてもらえそうにないなと諦める。遠くから英雄を見つめるだけだった過去の僕からすれば、レイズ様の印象は驚くほどに変わっていた。
いつも黒衣を纏っていることも関係しているのだろうけど、非常に威圧感があり、ともすれば鋭利にすら感じさせる雰囲気は人々を寄せ付けず、質問をされれば一抹の恐怖すら感じる我が国の英雄。
実際はどうだ、最近だんだん分かってきた。この人、思った以上に悪戯好きというか、人を驚かすのが好きだ。執務室ではちょくちょくグランツ様やラピリア様に怒られている。
一応公の場では厳格な雰囲気を崩してはいないけれど、第10騎士団の人たちはレイズ様の性格を分かっている感じ。この雰囲気は嫌いじゃない。
ともあれ、食事を摂り終えたらグランツ様について武器庫へ。
「ここだ。破損した武器の修理の手配や管理などを頼みたいのだが、できるかな?」
「ええ、今まではそんな仕事ばかりでしたから、むしろ得意な方です」僕が答えると、満足げに頷く。
「我が騎士団は戦闘となれば、騎士団の中でも飛び抜けているのだが、どうもこういった管理関係に弱くてな。わしも専門ではなかったゆえ、正直言って助かる」
なんていうか、グランツ様は大変だなぁ。そう思いながら武器を見渡す。よく手入れされ、扉から差し込む光で光る武器。僕はそれを見て「おや?」と思う。
それから少しして「あ、そうか」と呟いた。
「何かあったかね?」グランツ様に聞かれ、「あ、いえ、なんでもないです」と慌てて誤魔化す。
「そうか、では、次に食糧庫の方だ。こちらは基本的に遠征用の保存食が収められている。定期的に入れ替えねばならんし、駄目にする前に日々の食事に回さねばならん。これが結構面倒でな」
「なるほど、、、、それは面倒そうですね。分かりました。一覧表はありますか?」
「一覧表? ないが?」
「ないのですか? ではどうやって管理を」
「うむ。一番手前が古いやつ。新しい保存食を作ったら奥のものを全て前に出して、一番奥に入れるのだ」
「それって、結構大変じゃないですか?」
ここには相当量の携帯食料が眠っているのだ、動かすと簡単に言うけれど、かなりの重労働になる。
「そうだな、いつも人手を使って一日掛かりだったぞ!」と笑う。
それとなく他の騎士団も同じなのかと聞いたら、第10騎士団以外は意外にちゃんとしているらしい。第10騎士団ならではの悩みだったようだ。
「とりあえず一覧表を作りましょう。それから棚に番号を振って、番号順に消費するようにします。これで大変な入れ替え作業は無くなるのでは?」と僕が提案すると、グランツ様は目から鱗といったように大きく口を開けてから「素晴らしい! その手があったか」と感激する。
これは、思った以上に深刻だぞ、この騎士団の裏方事情。
ただ、それならそれで僕の活躍の場が見つかった気がしてホッとする。前回はうまく行ったけれど、今後もうまくいくとは限らない。
滅亡の未来を回避するためにも、レイズ様たち第10騎士団の助力を得られるかは重要だ。早々に追い出されないようにしなければ。
「そうか、表作りか、、、、それならルファでもできるな」
「ルファ? あ、もしかして先ほど言っていた女性のことですか」
「ああ、呼んでくるからここで待っていてくれ。先程のように良い思いつきがあったら好きに変えて良いぞ」
「え? レイズ様に報告は?」
「武器庫はともかく、食糧庫の事で報告はしたことがない。レイズ様も不要とおっしゃっていたからの。そうだ、新しい保存食を作りたい時だけは言ってくれ。予算を出す」
「そうですか。わかりました」
そうして食糧庫に残されることしばし。その僕は、どうすれば管理しやすくなるか頭を捻る。
「待たせた!」
気がつけばグランツ様が入口に立っていた。集中しすぎていつの間にか時間が過ぎていたみたい。
「ルファ、貴殿の上司になる男だ。ロアという。君も挨拶を」
大柄なグランツ様の後ろからちょこちょこと顔を出したのは、南の大陸の特徴の目立つ、僕より少し年下に見える少女だった。