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【第78話】戦姫の遊び場


「、、、、、休暇くらい大人しく過ごせないのか?」


 レイズ様の第一声。


 ゲードランドから戻ってきた僕らは、ザックハート様の手紙を片手に早速レイズ様の元へやってきた。


 事情を聞いたレイズ様はそれはそれは、深いため息をつくと、「いや、、、ルファの件はもう大丈夫だろうと見做した私の失策か、、、」と独りごちる。


 レイズ様はレイズ様でとある貴族にルファの養子を打診している最中であり、そろそろ話がまとまりそうだったそうだ。


「しかし、、、、ザックハート様がそこまでルファを気に入るとは、、、、」


 レイズ様にも読めないことはあるらしい。


「レイズ様がリフレアの神官に不審があると思ったのはなぜなんですか? 兵からの噂以外に何か根拠があったんでしょうか?」僕が少し気になっていたことを聞くと、


「ああ、それは簡単だ。未だにルファの返還要望が来ないからな」


 国境付近で第10騎士団がルファを助けたことは隠しているわけではない。少し調べれば分かることだ。リフレアの神官が本気で養子を望んでいるのであれば、すぐにでも養子を助けた礼と共に迎えが来るのが自然。


 ところが待てど暮らせど、問合せの打診すらない。


「つまり、正規のルートで引き取ってしまっては面倒を見なくてはならない。そうできない事情がある。そのように考えれば、必然的に生贄の噂は信憑性を持つという事だ。とはいえ、なんらかの事情で問い合わせが遅れている可能性も完全に否定はできんからな。ことを慎重に運んでいたのだが、、、、このような騒動が起こった以上、もはや神官が”黒”と言うのは確定的だろう。養子縁組については問題ない。私の方で手続きしておく。だが、第10騎士団の正規加入はな、、、」


 やっぱり騎士団加入は難色を示すよなぁ。しかも、ラピリア様とルファが揃って、正規入団後は従軍させろと言うのだから尚更だ。


 ラピリア様の言い分はこうだ。


「第10騎士団が不在の間にルファを留守番させておいて、何かあったらどうするんですか? もしかしたら、また同じような誘拐が起きるかもしれません」


「その可能性は完全にないとは言えぬが、しかしなぁ。このような少女を戦場に連れてゆくのは、、、ルファもわかっているのか?」


「はい。分かってます。私も一緒について行きたいです」


「だが、ルファに戦うことはできないだろう? 厳しい言い方をするが、足手まといを連れてゆく意味を見出せない。それならば第10騎士団が出払う間はゲードランドに行っている方が現実的ではないか?」


 レイズ様の言っていることは正論だ。これから武器の扱いを覚えるくらいなら、一人で馬に乗れる練習をして、ゲードランドへ行けるようになった方がいいと思う。


 けれどラピリア様も引き下がらない。帰ってくる道中、ルファとちゃんと話し合っての提案だ。彼女も一緒に行くと。


「戦えなくても良いんです。ルファは”戦巫女(いくさみこ)”として連れて行くのですから」と反論。


「戦巫女とは、また随分と古い験担ぎを持ち出してきたな、、、」レイズ様が少し口角を上げる。話を聞く気になった時の表情だ。


 戦巫女。ルファを戦場に連れてゆくとなれば、僕もこれしかないと思っていた。


 戦場において最も信仰されているのは”運命の女神ワルドワート”だ。ワルドワートは三姉妹の長姉で、次女は大地と豊穣の女神リッピトリア。旅一座の信仰厚い風の神ローレフは三女にあたる。




 ワルドワートの妹たちは、それぞれまだ幼いとされる。ワルドワートとは年が離れた姉妹だと。


 豊穣の女神がわがままを言えば、その年の収穫に大きな影響がある。そのため農家は、リッピトリアのためにさまざまな祭りを行なってご機嫌を伺う。


 ローレフは雨と風を司る女神だ。ローレフがぐずれば長雨が降る。ローレフが暴れれば嵐になる。ゆえに旅人や船乗りはローレフに旅の無事を願うのだ。



 運命の女神ワルドワートはこの2人の女神をとても可愛がっているため、似たような年頃の娘にはとりわけ加護を得られやすいという話が、昔からまことしやかに語られてきた。


 その迷信を取り入れたのが”戦巫女”だ。


 年頃の少女を本陣に置くことで、運命の女神ワルドワートの加護を得ようという考え方。少し前までは戦場でよく戦巫女を見ることができた、と読んだことがある。


 ただ、、、、


「戦巫女はもう廃れた迷信だ。今更戦巫女で士気が上がるとは思えんが?」


 レイズ様の言う通り。年端もいかない少女を戦場で連れ回すのは何かと差し障りがあり、どの国でも民から問題のやり玉に挙げられやすい存在であったため、徐々に消えていった文化だ。


「あら、そうですか? 少なくとも年配の方にはそれなりに効果があると思いますよ?」


「なぜそう思う?」


「なぜって、私が戦巫女やってましたから。お爺さまに連れられて」しれっと言うラピリア様。確かにラピリア様の祖父は広く知られた大将軍だけど、、、、子供の頃からラピリア様を戦場で連れ回していたの?


 ラピリア様の初陣は、初陣とは思えぬ落ち着き様だったと言うのが、戦姫を語る定番のエピソードだ。そりゃあ戦場慣れしているわけである。初陣より前から戦場が遊び場だったのだから。


「あのお方は、、、そのような話、初めて聞くぞ」と本日何度目かのため息をつくレイズ様。


「みなさん喜んでましたよ? やはり一兵卒には心の拠り所が必要なのです。それが迷信であっても、自分の本陣に運命の女神ワルドワートの加護があると思えるのは悪い話ではないと思います」


 ラピリア様の実体験から来る発言だ。なかなか説得力がある。


「、、、ふー、、、ルファ、もう一度聞くぞ? 戦場に出れば、簡単に死ぬ。いざとなれば助けてくれる者はいない。先日の誘拐よりも恐ろしい目に遭うかもしれぬ。良いのだな?」


「はい」ルファはまっすぐに、力強く返す。


「分かった、、、では養子の件とともに私の方で手続きをしておく。ルファはザックハート様に戦場に出ることもきちんと手紙で話しておけ。何があっても自分の責任だと」



「分かりました」



 少し厳しい言葉を投げるレイズ様に、ルファは今度も迷いなく答えるのだった。

 


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― 新着の感想 ―
なるほど。 高位の人の縁者を戦巫女にすれば部隊が無茶をしなくなるなぁ… と、ここまで読んで思いました。 本当によく練られた話ですね。
[良い点] 相変わらずの設定の上手さに脱帽です。
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