【第77話】災難の日⑦ 海軍の憂鬱
乱暴に飛び込んできた海軍司令のノースヴェル様。
対するザックハート様は「なんだノースヴェル。ワシは今忙しい。後にせよ」とにべもない。
「忙しいって、、、おま、、、説明しろや!」
「うるさいのぅ。そうじゃ、ロア、お前たちが説明せよ。我が娘を危険に晒した罰じゃ。ワシは娘と出かけてくるでの! 任せた!」
それだけ言い残すと、ルファを肩に乗せてさっさと部屋を出て行ってしまう。
「なんだぁありゃあ、、、娘? あのジジイにあんな若い娘? っつーか、なんだあのにやけ面。あれ、本当にザックハートのジジイか?」
まぁ、ノースヴェル様の言いたいことは分からなくもないです。正直僕も少し、あのザックハート様は双子の弟さんとかではないかと疑っています。
ともあれ、僕らはべイリューズさんも同席してノースヴェル様に事情を説明。
「、、、、つまり、ザックハートのジジイが気に入ったその、ルファって娘が裏町のバカに誘拐されたから、ジジイは怒って裏町を潰そうとしているってことか?」
「、、、そうですね。だいたいそんな感じです」
僕らの話を聞いたノースヴェル様は「たはー!」と言いながら手を額に当てて天を仰ぐと、
「あのジジイ、耄碌したんじゃねえだろうな! ここまで時間をかけて裏町を抑えたってのに、ここで強行突破だぁ!? これじゃあ、今までの苦労が水の泡じゃねえか!」と憤る。
「あの、裏町に対してどんな計画があったんですか?」僕が聞くと
「、、、裏町にゃ、確かに碌でもないのが集まっちゃあいるが、中には事情があって裏町に行くしかなかった奴もいる。そういう奴を拾い上げて、海兵として鍛えつつ、どうしようもねえ悪党どもは裏町でゆっくりと締め上げる。そういう考えだったんだが、、畜生! 参った! 人員確保の計画も考え直しじゃねえか!」
「すみません、海兵はそれほど人手不足なのですか?」ウィックハルトも不思議そうに聞く。
「ああん? これだから騎士団は、、、知らねえのか? 海軍に限らず、船乗りってのは常に命懸けの仕事だ。陸でのんびりやってる奴らとは違う」
悪気はないのだろうけれど、ノースヴェル様の言いように珍しくウィックハルトがムッとする。同じく聞き捨てならないと思ったのか、ラピリア様が参戦してきた。
「あら。こっちはゴルベルや帝国と命のやりとりをしているのよ? 任務のほとんどが商船の護衛か哨戒の海軍にはわからないかもしれないけどね」
「お前、第10騎士団の戦姫だろ? お前らが相手にしているのは所詮、人だろ? 俺たちゃ神と対峙してんだ。一緒にすんな、バカが」
「なんですって!」イキリ立つラピリア様。この二人相性悪そうだなぁ。
「バカな戦姫様に教えてやる。お前、ただ船に乗っているだけで、海も荒れていないのに死ぬ病気があることを知っているか?」
「何を、、、」と反論しかけたラピリア様だったけれど、ノースヴェル様の表情があまりにも深刻で途中で言葉に詰まる。
「海を知っている奴なら、その病気のことも知っている。長期間海の上にいると身体がいかれちまうんだ。だから海に詳しいやつほど嫌がって海軍にはなりたがらねえし、毎日その病気で仲間が死ぬ。騎士団様にそんな気持ちが分かるか?」
そこまで聞いたところで、僕は思わず口に出してしまう「あ、それ壊血病ですよね? それならもうすぐ無くなりますよ」と。
言ったところで、ノースヴェル様から胸ぐらを掴まれた。
即座にウィックハルトがノースヴェル様に剣を抜き、その場を突然緊張感が包む。
「小僧。適当なことを抜かすんじゃねえぞ」と凄むノースヴェル様。
「離さなければ斬りますよ?」というウィックハルトの言葉を完全に無視して僕を睨みつける。
「ちょっと待ってください! 適当でも冗談でもないですよ! 聞いていないですか!? 瓶詰めの話!?」
僕が慌ててそのように言うと
「瓶詰め? ああ、なんか新しい保存方法とか言うやつか?」
「瓶詰めで壊血病にならなくなるんですよ!」
僕がどうにか説明すると、ノースヴェル様は首を傾げながらも手を離すと、「どう言うことか説明しろ」とドカリと椅子に腰を下ろした。
「ちょっと! ロアに謝んなさいよ!」とラピリア様が言うも「まずは話を聞いてからだ」とこちらを睨みつけたままのノースヴェル様。
僕は咳払いをして、ノースヴェル様を見つめ返す。
「聞きますけど、長期間船の上にいるときに野菜を口にしていますか?」
「いや。野菜は無理だな。すぐ腐る」
「それと、悪くなった食材は食べていないですよね?」
「海軍の大事な特技は腹が強いことだ」
「じゃあ、やっぱり間違いないです。壊血病は一定期間野菜を摂らないとなる病気なんです。それに悪くなったものも食べるんじゃ、体に良い訳ないでしょう?」
「腐ったもんを食べるのはともかく、野菜なんぞ食べなくても死なねえだろ?」
「それじゃあ逆に、海軍に限らず船乗りが陸上で壊血病になることはありますか?」
「、、、、、少なくとも俺は聞いたことがねえ」
「でしょうね。陸では野菜や果物を口にしているはずなので」
「野菜が原因かは置いておいて、それと瓶詰めがなんの関係がある?」
「瓶詰めがなんなのか聞いてないんですか?」
「聞いてねえな。保存食だってことと、輸出品として取り扱うって話はザックハートのジジイから聞いたが。実物も見たことねえ」
「え? 実物回ってきてないんですか?」
「ねえな」
「ラピリア様、今日瓶詰め持ってきてます?」
「、、、、ジャムならあるけど、、、、」
「もらってもいいですか?」
「ええ〜、こいつに食べさせるの? 、、、、、はぁ、分かったわ。持ってくるから待ってなさい」
ラピリア様はすぐにジャムの瓶詰めを持ってきてくれる。すでに開封済みで、紅茶に入れて楽しんでいたようだ。
「これが瓶詰めか。で、これがなんだ?」
「この瓶にはジャムが入っていますが、野菜を入れて保存することもできます。瓶詰めは封を開けなければ、うまくすればこのまま半年以上持つはずです」
「半年!? 野菜が腐らねえってのか!?」
「そういうことです。で、僕が壊血病がもうすぐなくなると言った意味はわかってもらえますか? 瓶詰めを積んで出港すれば、長期の航海でも定期的に野菜を摂取できる」
「、、、、だが、壊血病が野菜が足りねえせいだと決まったわけじゃあ、、、」
「はっ! グダグダとうるさいわね! さっきロアが言った通り、陸で壊血病になった船乗りはいないんでしょ、なら試してみればいいじゃない! それとも瓶詰めなんて、知らない保存方法の食料は怖くて食べられないかしら」
「なんだと!!」
ここぞとばかり畳み掛けるラピリア様。ジャムを持っていてくれて助かったけれど、少し静かにしていてくれないかな。
「ちっ、だが、小僧の言うことにも一理ないわけじゃねえ。。。。分かった。試してやる、もし本当にこれで壊血病がなくなったら、、、、そん時は謝罪でもなんでもやってやらあ」
「言ったわね! 覚えておきなさいよ!」
「戦姫! お前に頭を下げるわけじゃねえよ! なんでお前が偉そうなんだ!?」と再び言い争いが始まる。
なんだか仲が悪いんだか良いんだかわからないけれど。壊血病がなくなれば海軍に入る人も増えるかもしれない。
僕はラピリア様とノースヴェル様のやりとりを眺めながら、そうなれば良いなと思っていた。