【第74話】災難の日④ アイコンタクト
「待って! アンタは着替えてきなさい! その格好で行くつもり?」
ラピリア様に言われた僕は、その時初めてびしょ濡れの格好であることに気づく。
そろそろ雪も降ろうかという季節だ。夢中だったから気にならなかったけれど、指摘されて急に寒くなってきた。
「馬の手配はしておきますから、一旦戻ってください」とウィックハルトにも促され、気持ちは逸るけれど一旦部屋へと戻る。
とにかく大急ぎで濡れた服を脱ぎ捨てると、くしゃみが出た。
すぐに着られるものと、目に入ったのは騎士団の隊服。休暇だけど第三騎士団の手前、念の為に持ってきたのだ。
着ることができれば何でもいい。僕は隊服に腕を通すと急ぎ部屋を後にする。駆け出した勢いで服から飛び出しそうになる鈍く光る筒を引っ掴んで、ポケットへと押し込んだ。
ともかく全力で馬屋へ向かう。すでにウィックハルトの手でアロウの出発準備はできていた。ラピリア様に至っては騎乗済み。
「ごめん! もう少しだけ待って!」と2人に声をかけると、僕は馬屋のおじさんに断って、飼い葉の一部をむしりとる。
「何してるのよ! 置いていくわよ!」と馬首を出口へ向けるラピリア様に「どこへ向かうか目処は立っているの!?」と返すと、「馬屋の主人が向こうの方へ馬で走り抜ける集団を見たそうです」とウィックハルトが言う。
「ザックハート様には?」
「確定ではありませんが、可能性はある、と馬屋の丁稚を伝達に走らせています」
さすがウィックハルト。ならあとは追いかけるだけだ。
「アロウ、頼むよ!」僕の合図に呼応して、アロウは早々に加速してゆくのだった。
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アロウに頑張ってもらい疾走することしばし。ゲードランドの港からそこそこ離れた場所で土煙を確認する。
「あれですね。。。。思ったより人数が多い」
ウィックハルトの言葉を聞くまでもなく、ざっと見ただけで30騎ほどの集団が目に入る。馬上の者たちの姿からして、カタギの人間ではない。
「あれ!」ラピリア様の指差した場所、集団の真ん中あたりに大きな麻袋を抱えた男があった。麻袋の大きさ、少女一人が入っているとすれば適当な大きさに見える。
「全て射るには矢が足りません。それに、麻袋の中にルファがいるなら、持っている男を狙って落としたらまずい。周辺の者たちを叩きます」
弓を構えるウィックハルトに対して、剣を抜くラピリア。
「ロア、アンタはすぐに戻ってザックハート様にこの場所を伝えて! 時間稼ぎなら2人で十分よ!」
ラピリア様にせよウィックハルトにせよ、最初から僕を戦力とは考えていない。そして正直に言えば、僕自身もだ。客観的に見て僕が下手に戦いに参加して足を引っ張るくらいないなら、加わらない方がマシだ。
だから”これ”を掴んできたのだ。
「戦闘は任せるよ! だから”必ず風上で”戦って!」
「何を、、、」訝しげなラピリア様に僕は鈍色の筒を掲げて見せる。これだけで全て伝わった。
ラピリア様はそれ以上は何も言わずに馬首を返すと、集団を迂回する動きを見せる。
それを横目にウィックハルトが最初の矢を放った! 矢は正確に集団のうちの一人の頭へと突き刺さり、射られた男はそのまま馬上から崩れ落ちる。
ここに至り異変に気づいた誘拐犯は、こちらを振り返って騒ぎ始めた。中でも麻袋を抱えた男が何やら叫んでいる。麻袋の男がリーダー格のようだ。
こちらが少数と見ると、10名ほどが反転して襲いかかってきた。
しかし、ウィックハルトが近づくことを許さない。放たれる矢は正確に、容赦無く誘拐犯の頭を貫いてゆく。
続けて3人やられたところで、相手が怯むのが見え、再び麻袋の男が騒ぎ立てる様子が見えた。どうも、「ちゃんと働かないと分け前はやらない!」といった類のことを喚いている。
僕は少しウィックハルトから離れると、ポケットの中の飼い葉を取り出す。周辺に何もないことを危惧していたけれど、幸いこのあたりは平原だ。季節がら枯れ草には事欠かない。
僕は手にした鈍色の筒、圧気発火具を取り出すと、飼い葉を火種に思い切り空気を押し込んだ!
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「使えない奴らめ! 相手は2〜3人だぞ! 何をもたついてやがる!」
麻袋を持った男、キリウスは周辺に怒鳴り散らす。
「ならお前が行けばいいじゃねえか!」と言い返す男に「ならお前には分け前はやらねえぞ!」と言い捨てる。
「だけど、あんな距離から正確に頭を射抜くなんて、、、」弱気になった別の奴には「たまたまだ! こっちは30人もいるんだぞ! 一斉にかかればなんてことはねえだろ!」
キリウスが激しても、所詮は金でついてきた奴らだ。動きは鈍い。
そうこうしているうちに誰かが「なんか、、、焦げ臭くねえか?」と言い始めた。
「おい! 煙が上がってる!」と別の誰かが言う。
なんであんな火の気のなさそうな場所が燃えてんのか分かんねえが、この煙、使えるかもしれねえ。こいつらを置き去りにして、俺だけ逃げるには好都合だ。
「、、、、とにかく、まとまって迎え撃つぞ! 勝手な動きをするな!」と今度は真逆の命令を下しながら、キリウスは煙に合わせてゆっくりと距離をとり始める。
煙の向こうからなおも正確に続けて襲いかかってくる矢に、ほとんどのやつは恐慌状態だ。
「ここまでだな」と一人逃げようとするキリウスのすぐ隣から、「どこへ行くつもり?」という囁きが聞こえた瞬間、キリウスの腕は切り落とされていた。




