【第7話】勧誘
フレイン様が攻め入って一刻ほど。僕も待機している本陣の陣幕の中に伝令が飛び込んで来た。
「制圧、完了いたしました」
「そうか。被害は?」
「ございません」
「主だった者は捕らえたか?」
「残念ながら、抵抗したものは全て死亡、、ですが、ゴルベルとの繋がりを示す物が見つかっております。また、フレイン様の指示で領主の行方を追ったところ、館の隠し部屋に潜んでいるのを捕らえました」
「分かった。ご苦労。下がって良い」
一礼して伝令が下がると、レイズ様はグランツ様に視線を走らせる。
「グランツ。ゴルベルが絡んでいるのがはっきりした今、近くまで兵を出している可能性がある。半分の兵を残す。廃坑に詰めて第四騎士団が来るまで守備を頼む」
「はっ。お任せください」
「では、我々は撤収しよう。ラピリア」
「はい。手配して参ります」
グランツ様とラピリア様が陣幕を出ると、この場所には僕とレイズ様しか残っていない。
所在なさげに視線を動かす僕に、レイズ様が声をかける。
「さて、初陣はどうだったかな?」
「どうと言われても、、、、、特に戦闘らしい戦闘もありませんでしたし、、、」
「ああ、だからこそ、君の非凡さが際立っていると言うことだ。被害を出さずに勝つ。これは戦闘の極意だよ。正直ここまでうまく行くと思っていなかったが、もしこれで本当に鉱脈が今回の費用を賄えるほどなら、、、、まるで全てを知っていたみたいだとさえ思える」
レイズ様の言葉に僕の心臓はどきりと跳ねた。レイズ様の言う通り、僕は未来を知った上でこの策を立てている。
思わず「実は、、、、」と口に出しそうになるが、ギリギリのところでぐっと呑み込んだ。今、僕がそんなことを言って、信じてくれる人がどれだけいるだろうか? 皆無だろう。せっかく無事に帰還できるのだ。無駄に警戒される必要はない。
「ま、そんなに緊張する必要はない。戯言だ」
僕の動揺を、初陣の緊張と見たのか、レイズ様がそれ以上追求することは無かった。
「はぁ、、、、」僕の中途半端な返事に対して、レイズ様は少し苦笑してから真面目な顔になる。
「さて、戯言はここまで。ここからはこれからの話をしよう」
「これから、、、ですか?」
「単刀直入に言う。ロア、第10騎士団に入らないか?」
「ええ!? なんのために!?」
「なんのために、か。中々斬新な返答だ。今まで私が騎士団に誘った者は皆、喜ぶか感激するかのどちらかだったが、、、」
「あ! すみません! つい!」僕のような平文官が、この国でもエリートの集まりである第10騎士団に勧誘されるなどあり得ないことだ。
なんなら、僕が返事したところでグランツ様とラピリア様が笑いながら登場して、冗談だという可能性すら頭をよぎる。いや、あの2人がそんなタチの悪いことしないだろうけど、そのくらい動揺したのである。
「まあいい。返答を聞こう。もちろん危険は伴うが、給金は今とは比べ物にならない。悪くない話だと思うが?」
悪くない話どころではない、大船に乗って出世街道の本流に漕ぎ出すようなものだ。断る人間などまずいないだろう。けれど、
「一つだけ、質問してもいいですか?」
「ほお? 何かな?」
「なぜでしょうか? 自分で言うのもなんですが、僕は少し記憶力が良いだけの書類仕事がお似合いの文官です。とても、第10騎士団で活躍できる人材だとは思えませんが、、、」
「なるほど、君は自己評価が随分と低いということか。。。だから今まで台頭しなかった、そう考えれば辻褄は合うな」と、僕に対する評価を呟くレイズ様。
「だが、君の評価はどうでも良い。ちょうど私の側で作戦を立案する助手が欲しかったのだ。今回はそのための試験だ。そして、及第点を得た」
「作戦立案の助手、、、軍師の助手ということですか? それなら、グランツ様とラピリア様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、軍師の助手、言い得て妙だ。まさにそういう人材が欲しいのだよ。無論、グランツとラピリアは優秀だし、兵を率いさせたら我が国屈指だ。しかし、部隊を率いる強さと、全体を動かす強さというのは違うものだ。それは君ならよく分かっているのではないか?」
「、、、はい」それはよく知っている。今までに集めた戦いの記録を思い返せば、その差は歴然と言える。
「納得して貰えたなら、返事を聞こうか? 無理強いをするつもりはない。無理に連れ回しても碌なことにはならないだろうからな」
僕の目的、歴史を変え、仲間を救うということを考えれば、選択肢は一つしかない。
何ができるか分からない。でも、このまま一人で煩悶しているよりは、間違いなくいい。
「分かりました。よろしくお願いします」
僕はレイズ様に深く頭を下げた。
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帰路も僕はフレイン隊に守られながら進む。
「それで、どうなったのだ?」
フレイン様の口ぶりからすれば、事前に部隊長には僕の勧誘の話は回っているのだろう。それはそうだ。改めて考えてみれば、第10騎士団ともあろう人達が、理由もなく何者かも分からない者の作戦など採用しない。
「第10騎士団でお世話になることになりました。フレイン様もよろしくお願いします」
馬上から頭を下げる僕。ちなみに一人で馬に乗れないので、フレイン様の側近の人の馬に乗せてもらっている。
「そうか」フレイン様は短く答える。
それからしばしの沈黙。かっぽかっぽと馬の足音だけが響く。
「、、、、様はやめろ」
不意にフレイン様が言った。
「はい?」
「正式な辞令はこれからだろうが、今後は同僚として戦場を駆ける仲だ。様はやめろ」
「え、、、しかし、、、、」
「しかしも何もない。それに、その口調も改めろ。レイズ様のお側に仕えるのであれば、立場的には俺より上だ。敬語も不要だ」
「いや、、、でも、それは、、、、」今までの僕の立場や、フレイン様の家格などからすれば、安易に呼び捨てにして良い相手ではない。
「、、、なら、立場が上と言えど、俺もお前にはタメ口で話す。だからお前もそうしろ」
「、、、、分かったよ。フレイン」
僕が了承してそのように返すと、フレインは年相応の笑顔で
「これから宜しく」と言ってくれた。