【第6話】ロアの策
「ようやくルデクの間抜けどもが来たか」
どこか余裕を漂わせながら、そう口にしたのは、要塞化した鉱山を率いる髭面の男。名前をギーヴァンと言う。
ならず者の集団の中で数少ないゴルベルの正規兵だ。正規兵である彼らの役割は要塞化の指揮及び、ルデクが軍を動かした際の時間稼ぎ。
ルデクの兵が動けば、国境を脅かしたとして本国も兵を出す。
ただし、本国が出兵するのはもう少し先。この地の要塞化が完了してからとなる。
まだ今の段階ではこの田舎に兵を動員する旨味がないのである。
一応、新鉱脈という土産はあるが、廃坑の拠点化を優先しているため、産出量は未知数であり、兵を動かすまでには至っていない。
ごろつきの一部の暴走のせいで、早晩、討伐兵が来ることは分かっていた。だが、田舎の盗賊相手と考えれば、ルデクも舐めてかかるだろうとも読んでいた。
鉱山の要塞化は八割方完了している。さらには密かに500に届こうかと言う人数を引き入れていた。
この状況なら、しばらくは凌げるはず。
ー少し時間を稼げ。出兵の準備は進めているー
本作戦の立案者であるサクリ様の言葉を思い出す。サクリ様の慧眼はゴルベル随一だ。この地に堅固な拠点ができれば、ルデク攻略の大きな足掛かりとなる。
サクリ様の言葉を信じて待つだけだ。
併せて「万一苦戦するようなら退け」との指示も受けている。所詮は他領内でのことだ。失敗してもこちらにはそれほど痛みはない。要塞化した分の費用は、多少は産出した鉱石である程度賄えた。
とはいえギーヴァンは早々退くつもりは無い。長い時間をかけた作戦だ。手放すのは惜しい。ここでの成功は、すなわちギーヴァンの栄達につながる。
こんな小汚い場所で、救いようもないカスどもを宥めすかしてここまで来たのだ。
失敗するなど、考えられぬことだ。まずはエレン周辺を俺の所領とする。しかし、そんなものは足がかりに過ぎぬ、ここから俺はゴルベルの頂点まで駆け上がるのだ!
己の想像に口元が緩んで仕方がないギーヴァンだったが、直後には冷や水を浴びせられることになる。
「敵兵は5000以上!! ここより、、、、、西に布陣しています!」
ギーヴァンが引き連れてきた数少ない部下の言葉に、耳を疑う。
「なんだと? 今なんといった?」
「兵は5000以上です!! 西、ゴルベルの国境付近に布陣しています」
「まさか? たかが野盗の討伐だぞ!? それでは一騎士団に匹敵する人数ではないか! それも西!? 我が軍の援軍の見間違いではないのか!?」
ギーヴァンには理解しかねる情報だ。通常なればありえない。いくらルデクの資金が潤沢で、百歩譲って本国との国境付近であることを加味したとしても、常軌を逸していると言っていい。どれだけの費用がかかると思っているのだ、、、、。
いや、一つだけ考えられることがある。
「策が看破されたのか、、、、」
どこからだ? あの無能な領主からか? いや、それはあり得ない。あの領主の親子は、もはやゴルベルに靡く以外の選択肢はないと断言できる。では、一体、、、、
「、、、、旗印から、率いているのはレイズ=シュタインと思われます」
「やはりあの男か。。。。だが、なぜだ? この辺りを持ち場としているのは第四騎士団のはずだ。ならば第四騎士団を無視して奴が出張る理由が分からん」
「、、、、おっしゃる通りです、、、しかし、、、」
部下を責めるつもりはない。
「ここまでどれだけ時間を使ったか、、、、だが、、まだここには500の兵がいる。本国からの援軍まで、なんとか凌ぐぞ!」
「はっ、、、、、領主はどうしましょうか?」
「捨て置け、レイズが出てきたと言うことは、領主の内通は見抜かれている。どの道この辺りを押さえれば不要な人材。どうなろうと知ったことではない」
「畏まりました」話は終わり、部下が指示に走ろうとした矢先、別の部下が駆け込んでくる。
「ギーヴァン様! 大変です! 兵どもが、、、!」
「今度はなんだ!?」
「大軍を見て兵どもが次々と逃げ出しております! 我らでは止めようもなく、一部では脱走兵と、我々の兵の間で戦闘が始まっています!」
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「おお、火が上った、、、」少し離れた高台に構えた本陣から、様子を窺っていたグランツが呟く。
「どうやらロアの予想通り、内輪揉めが始まったようだな」レイズが煙の上がる廃坑を見て目を細めた。
廃坑の西の平野に動員可能な限りの兵を展開させる。
それがロアの示した策だった。
「廃坑にいるのがごろつきが中心であるなら、ゴルベルの息がかかっていようといまいと、この人数を見れば我先に逃げようとするはずです。全員逃げてくれれば良いですが、廃坑に籠城する人数が少なくなればなるほど、こちらは攻めやすくなります。それに、西に布陣することは野盗たちに「ゴルベルとの関係は知っているぞ」と伝える意味もあります」
ロアの策は機能したようだ。騎士団は布陣から一歩も動いていないにもかかわらず、廃坑には混乱が見られていた。
「ロアとフレインを呼べ」レイズの指示を受けた伝令が本陣を飛び出した。
程なくして2人がやってくる。
「ロア、君の予想通りになった。ここからどうする?」
聞かれたロアは少し考えてから
「ごろつきが逃げるまでは、このままで良いのでは?」と言った。
やはりこの辺りはまだ判断が甘いな、と心の中で思う。
「それでは足りぬ。フレイン」
「はっ」レイズの視線を受けたフレインが跪く。
「鉱山を制圧してこい」短く指示するレイズ。
「はっ」早々に陣幕を出てゆく後ろ姿を見送ったロアは、どうして良いのか分からずレイズとグランツの姿を交互に見た。
「ロア、君はこの場に残れ」
「は、、、、はい。。。。」不安そうなロアに、レイズは座るように指示した。
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こうして、僕の初陣はあっけないほど簡単に終わったのだった。
僕にとってはただただホッとした戦いだったけれど、この一件は、僕の周辺に少なからず波紋を呼ぶことになる。