【第54話】入団式模擬戦③ レイズの盾
「動き出しましたね」ネルフィアが東を見ながら呟く。
僕らのいる本陣設置用に作られた西の高台から、第10騎士団が動き出すのが見える。
東にある同じような高台で、こちらの布陣に対してレイズ様はなにを思っているだろうか。
今回、第10騎士団からリュゼルとフレインはこちらに派遣されているので、残るは8部隊。模擬戦なので兵士はそれぞれ100名に固定されている。
ゆえに総兵力は第10騎士団の800と、新兵の500で1300だ。
その中から3部隊、つまり300の兵と、新兵の500人が押し出してきていた。ちなみに新兵の500は伝統的に最前線での参加が強制となるため、500の新兵を追い立てるような形で進んでくる。
3部隊を率いている将はグランツ様の旗印。落ち着いた灰色の下地に、3枚の盾が花びらのように配される少し珍しいものだ。
グランツ様の率いる部隊はゆっくりと、確かな足取りで近づいてくる。これはグランツ様の特徴の一つだ、攻めるにしても、守るにしても、まるで分厚い鉄板を相手にしているような気分にさせる用兵を得意としている。
グランツ様が中央に出てきたということは、助攻を任せられたのは、彼女か。
グランツ様の部隊から少し遅れて、中央から北に迂回するような形で出陣する部隊が見えた。
こちらは真紅に染められた旗に、アザミと野うさぎの刺繍。ラピリア様である。率いる数は200。
ラピリア様の持ち味は圧倒的なセンスの良さだ。絶妙なタイミングを見計らって敵陣に斬り込む姿は、部隊全体が鞭のようだとも評される。
実際にラピリア様の突撃によって戦況がひっくり返ったことも一度や二度ではない。運命の女神、ワルドワートの寵愛を受けた戦姫。その異名は伊達ではない。
2枚看板のグランツ様が主攻、ラピリア様が助攻。これは第10騎士団の戦術の中でも比較的定番の戦い方となる。王道の力攻めをするときに使う手だ。
グランツ様との戦闘に注力すれば、ラピリア様に柔らかい横腹を切り裂かれるし、かといってラピリア様の対応を手厚くすれば、正面突破は免れない。
さらに後方で戦況を注視しているレイズ様が、適宜増援や別働隊を出撃させるため隙がない。
第10騎士団というのがルデクの騎士団の中でも屈指の実力者の集まりであり、多少の寡兵程度ならば個の力で覆すことができるという自信に裏付けされた、王道の戦い方だ。
ともすれば傲慢にさえ感じるけれど、実際、掛け値なしに、強い。
レイズ様は策士としても一流で、様々な奇を衒った戦い方も目立つけれど、常勝を裏付けているのはこの確かな実力があってのものだ。
思い返せば第10騎士団のちゃんとした戦いを生で見るのは初めてだ。かつて胸踊らせながら寝食を忘れて読み更けった、第10騎士団の戦いが目の前にあるんだ。
しかもその相手は、僕だ。
「ロア様、、、、? 笑っているんですか?」サザビーに言われて、僕は自分が笑っていることに初めて気がついた。
不謹慎かと思って「いや、緊張して表情が引き攣っているだけだよ」と言い訳してみたけれど。多分僕は笑っている。
もはやこれは僕にとって、業のようなものだろう。
「ディック、合図を」
ディックが巨大な第六騎士団の団旗を振る。怪力のディックだからできるけれど、僕なら持ち上げることさえ無理だ。
合図を受けて中央の第六騎士団と、最前列の新兵が前進を開始する。数はグランツ様の率いる800よりも多い、500の第六騎士団と500の新兵。
こちらはリュゼルとフレインの部隊も入れて、新兵以外に1200の兵があるので惜しみなく投入する。
同時にリュゼルとフレインが自分の部隊を率いて、北から迂回してくるラピリア様に当たるために出撃。
これで使った兵士は700。残り500を本陣に留め、まずは状況を注視する。
さあ、僕の策がどこまでレイズ様に通じるか、勝負の刻だ。
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「うむ。まずは正攻法で当ててくるか」
グランツは敵の動きを見ながら一人呟く。
起伏の少ないこの場所において、兵力も決まっている以上採れる策は少ないが、それでも少々肩透かしを食らった気分だ。
レイズ様が目をつけた以上、なにかしらの奇策を用いてくるとは思ったが、、、、
グランツの率いている兵士よりも、相手の兵数は多いようだが、この程度は誤差だ。策とも呼べぬ。
「このまま進軍でよろしいですか?」
グランツが引き連れてきた部隊の部隊長が確認してきたので、「問題ない」と返した。
両軍の距離が近づき、模擬戦とはいえ戦場が緊張感に包まれてゆく。
刃物こそないが、使用しているのは木刀や槍に見立てた木の棒。当たりどころによっては大怪我をすることもある。
攻撃を受けた際の退場は自己申告。自分で、やられたと思ったら退場してゆくが、新兵はその判断が遅いため、想像以上にボコボコにされるまでが恒例行事だ。
「あれは、なんだ?」
激突目前となった時、グランツの近くにいた兵士の一人が訝しげな声を上げた。
第六騎士団の前列で、新兵たちがなにやら長い棒のようなものを天高く掲げている。
「あれは、、、ササールの幹ではないですか?」
「確かに、伸びたササールに見えますな」兵士の言葉に別の兵士も肯首する。
グランツの目にも伸びきったササールの幹に見えた。枝葉は落としてあり、先端は少ししなっている。
ササールは若芽で収穫すれば庶民の食べ物として重宝されるが、その成長速度は速く、気が付けば瞬く間に天をつくほど伸びる。伸びたササールは可食部もなくイマイチ使い道もない。せいぜいが簡単な工作物の材料として使われる程度だ。
その伸びきったササールを掲げて、なにをしようと言うのか。
振り下ろすのか? あれを? 武器なのか?
そう考えた直後、大量に掲げられたササールが予想通り地面にむけて振り下ろされた!
バシンバシンという音とともに、最前線にいた新兵の悲鳴が混じる!
しかもササールの半分はまだ掲げられたままで、先に振り下ろされたササールが持ち上がると同時に、残ったササールが振り下ろされ、再び大きな音がなる。
なんだあれは? 見たことがない武器だ。そもそも武器か? ともかく、近づくこともできず、こちらが一方的にやられているのは事実だ。
前列の新兵は判断に迷い、いたずらに攻撃を受けている。また、混乱する新兵のせいで、本来の第10騎士団の兵士の動きが制限されていた。
つまりあれは敵を一方的に叩くための武器か。しかも動きは単純。第六騎士団側の新兵でも扱える。
なるほど、面白い。
「こちらの槍は到底届きませんな、下げますか?」
隣にいた部隊長が聞いてきた。
「一度下げ、弓を前に」
「はっ! 前線は下がれ! 弓を前に!」
部隊長の命を受けて伝令兵が走り出す。
グランツはその姿を見ながら、「こうでなくてはな」と、少し楽しそうに口角を上げた。