【第49話】瓶詰めと街道
無事王都に帰還して、ルファにルルリアからの手紙を渡し、やれやれと思ったのも束の間。僕は王様に呼び出された。
正確には王様の命令を受けたネルフィアに呼び出され、王宮中心部の一室で一人待機している。
「お待たせして申し訳ありません。王は別件が入ってしまい、私よりご説明するように命じられまして、、、」戻ってきたネルフィアは恐縮しながら僕の前に座った。
「や、全然いいけど、何があったの? ウィックハルトの事とか?」最初に思い当たるとすれば、ここ。
ウィックハルトが僕の配下になったことについて、王がどう思っているのか知らない。
ウィックハルトは大陸の十弓に数えられる程の弓の名手だ。本来であれば僕の下につくような人間ではない。人望もあるし、見た目も良い。そして性格もいい。恐るべき男である。
しょぼい文官の下で才能を腐らせておくのは惜しい。王様がそう考えても全く不思議ではないのだ。
けれど、僕の言葉にネルフィアはキョトンとした顔をする。その表情を受けて、僕もキョトンとしてしまい、少しの間、間抜けな時間が過ぎる。
顔を見合わせ、お互いに苦笑してから、ネルフィアが居住まいを正す。
「王よりのお話というのは、瓶詰めのことです。まずははっきり申し上げます。ロア様、瓶詰めについて、その技術を国が召し上げさせて頂きたく思います。つまり、ロア様の手を離れ、国家規模で運営させて頂きたく」
「あ、はい。どうぞ」
正直拍子抜けだ。僕にとって瓶詰めは大した話ではない。はっきり言ってウィックハルトをとられる方が切実だ。瓶詰めはむしろ、僕が携わらなくて良いなら楽でいい。
「えっ!?」僕の答えを聞いてネルフィアが変な声を出す。
「えっ!? 何か不味かった?」ネルフィアの反応に驚いて僕も驚く。なんだかちょっと噛み合わない。
ネルフィアは軽く咳払いをしてから、子供を諭すように説明を始めた。
「ロア様が瓶詰めの技術に固執しておられないのは存じております。ですが、この場合、召し上げるということは貴方様の功績さえも王の物にする、ということですよ?」
「うん」
「貴方様の名前は歴史に残らないし、今後権利を主張することもできない。そういうお話をしているのです」
「や、別に構いませんけど?」そもそも僕が発明したものではない。好きにすればいいし、国家での運営となればより効率よく美味しい瓶詰めが食べられるだろう。ならばなんの問題もないのでは?
けれど僕の言葉を聞いたネルフィアはむしろ口を尖らせて不満そうにする。
「なぜです? 貴方の功績を国が奪うと言っているんですよ? 不満を漏らしたり、対価を求めるのが当然ではありませんか?」
「、、、、前にもいったと思うけど、瓶詰めにこだわりは無いんだよ。別に対価も、、ねぇ。第10騎士団に率先して配備でもしてもらえればそれでいいかな、、あ! そうだ!」
「何かありましたか!? なんでも言ってみてください。例えば11番目の騎士団を作って団長になりたいとか?」
「え!? 何それ!? そんなことできるの?」
「瓶詰めがもたらす国の利益を考えれば、できなくはないかもしれませんよ?」
それは魅力的な提案だけど、却下だなぁ。僕にはあまり時間がない。1から騎士団を作っているうちに国が滅んでは笑えない。
「それはまたすごい話だけど、、、そうじゃなくてね、代わりに街道の話、進められないかな。実はルルリア、、、、フェザリスの姫からタールっていうものを使った街道舗装方法を聞いてね。ついでにフェザリスとタールの交易のための手紙も貰ってきたんだけど」
「は? あの、、、ロア様、それは褒賞というよりも新しい功績では、、、、?」
「え?」
どうも今日は話が噛み合わないなぁ。
ネルフィアは下を向いて一度大きくため息をついてから、僕に向き直る。
「とりあえず褒賞の話は保留で、まずは街道のお話をしましょう。まだ公表されてはいませんが、ロア様達が王都を離れている間に、街道の計画は承認されました。ですのでそのタール、というものについては、国にとっては渡りに船です。そのお手紙は後ほどお預かりしても良いですか? 王に渡します」
「え、もう決まったの? 思ったより早かったね。最初は王都とゲードランドを結ぶのかな?」
「ええ。元々ドリューさんの提案で議題には上がっていた件ですからね。瓶詰めの増産を見込んで、費用も問題ないと王が判断されました。それで話が戻るのですが、瓶詰めの権利を国で引き上げたいという事なのです」
「ああ、なるほど、やっと話が見えてきたよ。国の予算で瓶詰めの工房か何かを作るつもりかな?」
「おっしゃる通りです。すでに敷地は確保し、建物も急ぎ作られています。ひとまず街道は王都と瓶詰め工房まで敷く予定です」
工場建設の計画速度が早い。これは瓶詰めの話が伝わった、かなり序盤の段階で裏で計画が進んでいたんじゃないかな。やるなぁ、王様。
「あれ、でも街道を作るとなれば、人手はどうするんですか?」
今進んでいるらしい工房建設だってどうしているんだろう?
「第六騎士団を使います」とネルフィア。
「第六騎士団を!?」
「ええ。第六騎士団はまだ新しい団長も決まっていませんし、このまま王都で遊ばせておくくらいなら街道造成に使おうと。その方が対外的にも聞こえが良いですし」
「確かに」
第六騎士団は街道造成のために王都に留めているとした方が、人々も面白おかしく騒ぎ立てないだろう。
「、、、、ですので、実は瓶詰めの権利をロア様から引き上げるのは、貴方の意見は関係なく決定事項でした。私は王からロア様の説得と、褒賞について聞いてくるように言われたのですが、、、」と困ったような笑顔を見せる。
「そうだ、そういう話なら、僕に工房の指揮を執れ、とかって命令はなかったの?」それはちょっと困る。瓶詰めに割く時間は無い。そのような話であれば、工房の指揮の辞退を褒美にしてもらいたいのだけど。
「レイズ様のお気に入りを、王が無理やり召し上げるというのはやはり問題がありますので」
「そうですか。それなら助かります。僕も瓶詰めに関してこれ以上時間を使うつもりはないんで、その、褒賞もいらないんですが、、、」
「それではいくらなんでも王の沽券に関わります。単純に部下の功績を王が奪い取ったみたいになるじゃないですか」
そんなこと言われても、僕の目的はすでに1年半を切ろうとしている滅亡の未来を回避することだ、それに使えるカードなら欲しいけれど、、、お金? うーん。大金はなんかおかしな輩を呼びそうだなぁ。なんかあるかな、、、、
「あ!」
「なんですか? 何か思いつきましたか?」
「こう言うのって不遜に当たるのかな?」
「とりあえず言ってみてください」
「王に直接進言できる権利。あ、もちろん、進言しても拒否してもらっても構わないんですけど、とにかく、僕の進言を優先して聞いてもらえる権利を一回、もらえませんか」
何に使えるかわからないけれど、第一騎士団長ルシファル=ベラスに握りつぶされないように、王に話を通すことのできる手段があれば大きいかもしれない。ただの思いつきだけど。
「王に直接進言できる権利、ですか、、、? すみません。そのような要求が来るとは思っていなかったので、一度持ち帰って王に話してみます。けれど、王に拒否権がないのならともかく、拒否権があったら意味がないのでは?」
「そうでもないですよ? 例えば今回のタールの件みたいに、急いで話を進めたい時にすごく便利だなぁと思って」
「私のような凡人にはロア様の考えは少し理解できませんが、分かりました。貴方の要望は必ず王にお伝えいたします」
そのように頭を下げたネルフィアは、「しかし」と言葉を続ける。
「本当に貴方は、、、、元々王の命で貴方様のお手伝いをさせて頂いておりますが、私は貴方に個人的に興味が湧いてきました」
そんな風に言いながら、普段見せない中々魅力的な笑顔を見せてくれたので、僕としてはもう十分な褒賞なんじゃないかな。なんて思ったりもした。