【第47話】漂流船騒動13 助言
帝国の第四皇子ツェツェドラといえば、後世に悲劇の皇子として物語の中に長く名前を残す人物だ。
それが今、僕の前で少し緊張したように表情を固くして、レイズ様と向き合っている。
「ツェツェドラ=デラッサ様ですな。レイズ=シュタインです。この度は我が軍を貴領に迎えいれていただいたこと、ありがたく存じます」
レイズ様に深々と一礼されたツェツェドラは「あ、えっと」と少し言い淀んでガフォル将軍を見る。
ガフォル将軍は腰を屈めてツェツェドラに耳打ち。その間レイズ様は決して顔を上げない。
ガフォル将軍が元の体勢に戻ったところで、ツェツェドラが小さく咳払いする。
「貴国の義侠心が我が国の民を救ったのだ。両国間に含むところはあるが、今日はせめて歓待させてほしい、、、、それから、ルデクの第10騎士団が我が国の大地を踏むという歴史的な瞬間に立ち会え、嬉しく思う」
後の言葉を聞いた瞬間、ガフォル将軍が渋い顔をしたので、ツェツェドラ皇子が付け足したのかな? つまり最後の言葉は皇子の本音ということかもしれない。
そうか、これはルデクの兵が帝国領に踏み入れた初めての出来事なのか。そのように思い至ると鳥肌がたった。ツェツェドラ皇子が言ったように、まさに歴史の一頁に立ち会っているんだ。
ただし、僕が目にできたルデクの記録の何処を読んでも、こんな記録は残っていなかったと断言できる。多分帝国の記録にも残っていないのだろう。つまり、語られぬ歴史、というやつだ。
ツェツェドラの言葉が終わるのを待って、ようやくレイズ将軍が顔を上げて返礼する。ツェツェドラが言い淀んだ事などなかったかのような対応だ。
「それでは、姫にお目通りを」レイズ将軍が横によけ、ツェツェドラから馬車までの道が開く。ゾーラさんがゆっくりと馬車の扉を開くと、楚々とした女性が馬車から降り立った。
誰だ、あれ?
いや、見た目はルルリアなんだけどね。なるほど、これが姫という職業の人か、なんというか、本気を出すと醸し出す雰囲気が圧倒的だ。最初からこの高貴さを漂わせていたら、僕は絶対に友達口調で話すことはなかったと思う。
あ、思い返せば初対面の一瞬だけそれっぽかった。あまりに一瞬過ぎて忘れていたけれど。
雰囲気に気圧されているのは僕だけではない。ルルリアの性格を知っている第10騎士団の面々は唖然と、帝国の騎士団はほうっとため息をつくように見つめている。
ツェツェドラもぼんやりとルルリアを見つめていた。その頬は赤い。
ツェツェドラ皇子も王族なんだけど、こう、ルルリアの方が王族としての格が上に見える。心構えの違いなんだろうか? まぁ、漂流して異国に流れ着いてなお、動じない娘さんだもの。見た感じ育ちが良く、坊ちゃんっぽいツェツェドラ皇子と比較するのは酷かも。
「ああ、ツェツェドラ様。ようやくお会いできましたね。この時を心待ちにしておりました」
「あ、、、うん。こほん、うむ。私も嬉しく思う。この度は大変な目に遭われたが、無事に会えて嬉しく思う。本来であればすぐにでも駆けつけたかったのだが、両国の事情は既に聞き及んでおろう。すまぬ」
「いいえ、わたくし、ルデクの皆様にも大変良くしていただきました。ツェツェドラ様にお会いできないのではと心細くは思っておりましたが、、、、、」
心細く? 、、、、嘘だな。チラリと横を見れば、ウィックハルトも嘘だろ? という顔で2人のやりとりを見つめている。
「そうです、わたくし、ツェツェドラ様とのお手紙、みんな持ってきたのですよ」
「な!? いや、そ、、、、そうか、、、」
ルルリアの言葉に、ツェツェドラが激しく動揺する。
「このお手紙のおかげで、わたくし、ツェツェドラ様とは初対面とは思えませんわ」
「あ、、、ああ。それは私もだ。貴女からもらった手紙は全て大切に保管している。聡明な女性だとは思っていたが、これほどまでに可憐で美しい人を妻に迎えることができるのは、、、、本当に嬉しく思う」
「まぁ、ウフフ。お上手ですこと。ツェツェドラ様もお手紙の通りお優しそうな方で安心いたしました」
「そ、、、そうか、、、、」
ルルリアが何処まで猫を被って進めるのかはともかく、第10騎士団の任務はこれで無事終了である。
両国の騎士団の面々から、どこかほっとした空気が漂ってくる中、僕は一人全く別のことを考えていた。
手紙、、、、そうか、手紙か。その手があったか。
第四皇子ツェツェドラが若くして命を失う原因となったのは、よくある身内の権力争いに端を発する。
問題となったのは帝国の第二皇子だ。僕もあくまで物語の中でしか知らないけれど、第二皇子は大臣と帝国の乗っ取りを企み、一軍を率いて皇帝の不在をついて、帝都の占領を狙ったのである
占領計画は最初はうまく行ったものの、皇帝が軍を率いて帰還するとあえなく瓦解。捕らえられる事になる。
この時に巻き込まれたのがツェツェドラ皇子だ。
本当に運が悪かったとしか言いようがない。第二皇子が帝都に乗り込んだ時、ツェツェドラはたまたま帝都に滞在していた。
皇帝の息子は普段、自領にいるのが基本。継承者である第一皇子以外はそれぞれに領地をあてがわれて、国家運営の勉強をするのが帝国流らしい。
なぜツェツェドラ皇子がこの時帝都にいたのかはよく分かっていない。父である皇帝に用があって赴いたが不在で、帰還を待っていたとだけ語られている。
結果的にツェツェドラ皇子は第二皇子との結託を、つまり、帝都に誘い込んだのではないかという嫌疑をかけられた。
ツェツェドラ皇子は否定したものの、第二皇子はそれを認める。
第二皇子がなぜ、そんなことを言ったのか。
劇中では末っ子で皇帝から可愛がられているツェツェドラ皇子への意趣返しと、寵愛を受けるツェツェドラ皇子を巻き込めば恩赦があるのではないかと考えたとしていたけれど、真相はわからない。
結果的にツェツェドラ皇子の訴えは届かなかった。
こうして激昂した皇帝の命によって、捕らえられてからさして時を置かずして、叛逆の罪で第二皇子と共に斬首されるのだ。
ところがツェツェドラ皇子の無実は、そのすぐ後に発覚する。
ツェツェドラ皇子の妻から、帝都に赴いていた理由が伝えられ、皇帝が自らの短慮を恥じて涙するという場面で物語は終わりを告げるのである。
僕は、ツェツェドラ皇子とは初対面だ。
だけど、その妻、つまりルルリアとは短期間とはいえ、彼女の言葉を借りれば、同じ釜の飯を食べた仲だ。
僕はこの、演技上手で奔放な姫のことを気に入っている。
だから、
敵国ではあるけれど、ほんの少しだけ、助言することに決めた。