【第43話】漂流船騒動⑨ ルルリアの処遇
「レイズ=シュタインと申します。ルルリア=フェザリス=バードゥサ姫におかれましては、拝謁の機会を得、嬉しく思います。此度はこのような場所に留めてしまい誠に申し訳ございません。当国の事情もご理解いただき、何卒ご容赦くださいませ」
「ルルリア=フェザリス=バードゥサです。我が大陸でもご高名なレイズ=シュタイン様とこうしてお話しできたこと、嬉しく思います。また、この度は漂流していた船をお救いいただき、さらにはこのようにご厚遇いただきましたこと。感謝の念に耐えません。このことは必ず、我が父マーズ=フェザリス=バードゥサにご報告することをお約束いたします」
「恐縮でございます。何かお困りごとはございませんか? 可能な限りは便宜を図りますので、このレイズにお申し付けください」
「感謝いたします。貴方様の手配していただきました、ロア様、ウィックハルト様、ルファ様のおかげで、慣れぬ場所でも楽しく過ごさせていただきました。本当にありがたく思っております」
「それは何よりでした」
なんだか胸焼けしそうな挨拶の応酬がようやく人心地つき、横で聞いていた僕らもなんだかホッと息を吐いた。
レイズ様とルルリアが会談をしているのは、領主館の別邸。つまり僕らがここ数日滞在していた館だ。
入ってきたのはレイズ様、ラピリア様、グランツ様の3人だったけれど、外は第三騎士団の護衛も含めて、相当物々しいことになってそうだなぁ。
通りいっぺんの挨拶の後、早速ルルリアが切り込んできた。
「これは、、、あくまでお願いなのですが、せっかく北の大陸に足を踏み入れたのです。強制送還となる前に、せめてこの街をお散歩させていただけませんか?」
その言葉に、レイズ様は少しだけ困った顔をする。
「ルルリア様のお気持ちは十分に理解できますが、ここで貴方様に何かあっては、貴方様のご尊父様に合わせる顔がありません。どうか、グリードル帝国に踏み入れるまでは、ご容赦いただきたいと存じます」
レイズ様のその言葉に、あれ? と思ったのは僕だけではないはずだ。見れば、ルルリアも怪訝な顔をしている。ってことは聞き間違いじゃないよね?
「あの、、、私の聞き間違いでしょうか? フェザリスへの送還ではなく、グリードル帝国に向かうのですか?」
「ええ。そのように申し上げました。お待ちいただいておりました間、我々は帝国と今回の件について折衝しておりました。その結果、此度の船舶に乗っていた者たちは、ルルリア姫も含めて、当国が責任を持って帝国へ送り出すという事になったのです」
「こちらの国と、グリードル帝国は戦争中と伺いましたが?」
「ええ。しかし戦争相手であっても外交の窓口があるのは、貴方もよくご存知でしょう。ましてや今回の件に関しては、帝国も予期せぬ事態。南の大陸の国との関係性を考えれば、こちらの両国間で済ませてしまった方がお互いに都合が良い、ということです」
そうか、ここでルルリアを送り返せば、フェザリスを始めとした、南の大陸の国はどう思うか。下手すればルデクの評判を下げかねない。それならばルデクとしても懐の大きなところを見せておきたいわけだ。そうは言っても、帝国に対しては無償の譲歩ではないからこそ、時間がかかったのだろう。
「、、、なるほど、そういうことですか。理解いたしました。それならば余計にこの街を拝見してみたいという思いが強くなりました」
「ルルリア姫、、、それは、、、」レイズ様の視線が困った相手を見るものに変わる。普段接している人間でないとわからない程度の変化だけど。
「貴国とグリードル帝国の関係がどのようになるか分かりませんが、このまま敵対関係のままなら、私はこの街を訪れることはおそらく二度とないでしょう。ならば、一度で良いので街を歩いてみたいのです。ここは私に恩を売っておくのも良いのではありませんか? いずれ新しい外交窓口になるかもしれませんよ?」
「、、、、」レイズ様が黙っているので、もう一押しと思ったのか、ルルリアは言葉を続ける。
「こちらの港は南の大陸の者も多く来訪するほど、治安の良い街なのでしょう? ならば心配はございません。もし、何か危険な目に遭ったとしても、決して貴国に責任を問わぬと誓いましょう。なんでしたら、一筆認めても構いませんわ」
「そこまでですか、、、、分かりました。では、一筆認めていただきましょう。それから護衛を手配させていただく」
「護衛はここまでお付き合いいただいた御三方、それに、リュゼル様、とおっしゃるのかしら? あの方にもご一緒いただければ十分です」
「自分で言うのもなんですが、僕はどちらかといえば護衛されるような実力ですよ? それにルファも」流石に僕が口を挟むと、ルルリアはコロコロと笑った。
「私もロア様に守っていただこうとは思っておりません。気心の知れた方とお出かけしたいと言っているのですよ」と言う。
「、、、、随分と3人を気に入ったのですな」
「ええ、、、、こういうの、なんて言ったかしら? ああ、そう、同じ釜の飯を食べた仲、ですもの」
レイズ様の視線が僕に刺さる。なんのことなのか後で説明しろと言うことだろう。
ちなみに料理教室を始めて数日経つ頃にはルルリアもナイフを使って野菜を切ったりしていたので、これは、ちょっと怒られるかも知れないなぁ。まあ、仕方ない。
しばし沈黙した後、レイズ様には珍しく、小さくため息をついた。
「分かりました。ですが、離れたところに別の護衛を配備させていただく」
「それは構いません。ご配慮に感謝いたします」
こうしてルルリアは「やったよ!」みたいな視線を僕らに向けたけれど、僕らは苦笑するしかなかった。