【第42話】漂流船騒動⑧ ロアの何分? クッキング
料理ひとつ始めるにしても大事だ。
まず僕が必要なものを書き出してリュゼルへ渡し、リュゼルから事情を含めて第三騎士団の警備の人へ伝え、警備の人が第三騎士団の本部に問い合わせて許可をもらって、警備の人とは別の人が買い物をしてやってくる。
という恐ろしく面倒な手順を踏んで、今、僕の前に食材が並んでいる。
僕らはルルリアや側仕え、ゾーラさんという名の方なのだけど、みんなで連れ立って一階に据え付けられている台所へやってきた。
僕らが二階から降りてくると同時に、一階で警戒していた兵士は姿を消す。代わりにリュゼルが少し離れた場所に立っていた。
ルルリアへの配慮だろうけれど、僕らが来るまではこんな感じだったのか。まさに腫れ物扱いだなぁ。
それはともかく、僕らに届いた食材を手に取ってみる。当然だけど、萎びたものなどない。良いものが揃っている。
「それで、まずはどうするの?」興味津々といった感じのルルリア。
「えっと、ササールは短冊に切って、トリットは潰して、魚は捌いてあるから、このまま使えるね」
「その、ササールってなに? 固そうだけれど、食べられるの?」ルルリアが僕の後ろから覗き込んできた。
「もちろん食べられるよ。新鮮ならそのままでもいけるけど、火を通してからが普通かな。繊維質が多いので、しっかりと火を通してもサクサクとした食感が残って楽しいよ」
ササールはルデクでは結構一般的な野菜だけど、南の大陸にはないのかな。何をしても食感が損なわれないから、一番最初に瓶詰めに入れるくらいなんだけど。。。。。
ってことは、ササールの瓶詰めは南の大陸で需要があるかもしれないなぁ。
そんな風に考えていると、ルルリアがとんでもないことを言い始める。
「その野菜を切るのね! じゃあ私が切ってあげる!」
「お嬢様!」と、流石にゾーラさんが声を荒らげるも、ルルリアはお構いなしだ。
「、、、えーっと、、、ルルリアはナイフを使ったことはあるの?」
「ないけど?」僕の言葉に清々しいほどの返答。姫様だもの。
「、、、ルルリアはトリットを潰してもらえる? 話した通り、トリットが全ての下地だから。粗めに潰せばトリットの食感を楽しめるし、徹底的に潰せば舌触りが滑らかになるよ? ルルリアの好みで味わいが変わるんだ」
「それは面白そうね。分かった! 私に任せなさい! 世界で一番美味しくなる潰し方をしてあげるから!」
密かに胸を撫で下ろす僕とゾーラさん。そっと視線を交わして静かに微笑む。裏方の苦労を知るゾーラさんとは、何となく仲良くなれそうな気がする。
楽しそうにトリットを潰し始めるルルリアを横目に見ながら、「ルファはササールを適当に切ってくれる? 僕は魚を軽く焼くから」と指示を出すと、「ロア殿、、、私は?」と、ウィックハルトが子犬のような目で聞いてくる。え、君、参加したいの?
「それじゃあ、ウィックハルトはルルリアを手伝ってくれる? トリットを潰すのって結構力仕事なんだよね。多分途中で疲れちゃうだろうから」
「了解です」と嬉しそうにルルリアの元にゆくウィックハルト。
、、僕は今、一体何をしているんだ? いや、、、深く考えるのはやめよう。多分、考えたら負けだ。
誰にも気づかれないように小さくため息をつきながら、僕は他の食材の下準備にかかった。
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「できたわ! これが究極の潰し方よ!」と非常に満足げなルルリア。
差し出された器の中には、まぁ、ほどほどに果肉の残った、、、、すごく平均的な潰しかたのトリットの姿。ある意味大衆が認めた究極であると言えるので、間違いではない。
「ありがとうルルリア。それじゃあ、この鍋に入れてくれる?」
「ええ、ちょっと、ウィックハルト、手伝ってくれる?」
「あ、はい」
慌てて手伝うウィックハルト。息を吸うように人に命令できるあたり、お姫様っぽいなぁ。
「火を弱めてゆっくりと煮込みます。ササールはもう入れて。魚は少し後で入れるのでそのままで」
僕は自分では手を出さず、作業をルルリアに任せる。ゾーラさんも刃物を使わないのであれば煩く言わないようだ。
「そろそろ魚を入れて。匙でトリットのスープの中に沈めるように。あ、そうそう、ゆっくりとで大丈夫。これで魚に火が通るまでしばらくそっとして。最後に塩と、それからこのスパイスを入れて、魚の身が崩れすぎないように軽く混ぜれば完成だよ」
鼻息は荒く、手つきは恐る恐る。ルルリアが締めの味付けを行なってゆく。
「、、、、できた。。。。。できたわ!」
感無量のルルリアの横で、僕はそっと匙にポージュを乗せて味見。
「、、うん。良いね。ウィックハルト、お皿を、、」
「すでに用意してあります」ソツのない男であるウィックハルトは早々に準備を済ませていた。
「、、、じゃあ、盛り付けようか」僕の言葉に、ルルリアがビシッと手を上げる。
「私がやるわ! 貴方たちは座っていて!」
ゾーラさんに視線を走らせると、ゆっくりと頷く。
「、、、、じゃあ、お願いするね」
これじゃあ、どちらが主賓か分かったものじゃないなぁ。
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みんなで作ったポージュは美味しかった。
特にルルリアは感激していた。概ね予想はついていたけれど、ルルリアは初めての料理だったそうなので、感動もひとしおだろう。
この一件で僕ら、というか僕は、ルルリアに大いに気に入られたみたいだ。
翌日、レイズ様から「段取りに時間がかかっているから、もう少し任せる」という連絡が来たけれど、何の心配もないほど数日を過ごした。
ルルリアは料理がお気に召したようで、主な時間の使い方は僕の料理教室だ。
こちとら未来で各地を放浪していたので、料理の引き出しはそれなりにある。
そして、さらに待つこと数日。
ようやくレイズ様がやってきた。