【第41話】漂流船騒動⑦ 食い意地
ルデクの美味しいものの話は一旦置いておいて、
「今伺った話を、リュゼルに伝えに行きます」
といって、ルルリアに許可を得て退出したウィックハルトを見送る。
リュゼルは警備も兼ねてドアを挟んだ廊下に待機しているはずだ。ウィックハルトの話を受けて、急ぎ部下をレイズ様の元へ走らせるだろう。
あまりにも簡単に一番重要な任務が終わってしまった僕は、少々肩透かしを食らった気持ちで「どうして今までの兵士には話さなかったんですか?」と聞いてみる。
「どうしてって、、、、聞かれなかったからよ?」
「聞かれなかったんですか?」
「ええ。別に同族の方が、ルファちゃんが来なくても私は話す気満々だったのだけど、だーれも聞いてこないの。逆に怖くなったわよ。私このまま殺されるんじゃないかしらって」
ま、まぁ、第三騎士団の気持ちも分からなくない。帝国の漂流船を拿捕してみたら、中から服装からしてやんごとなき雰囲気を醸し出す女性が現れたのだ。どうして良いのか困惑しただろう。もしかすると、まずは一緒に捕らえた帝国の方から話を聞こうとしたのかも。
真相はともかく、ウィックハルトは割合早く戻ってきた。これは、リュゼル、聞き耳立ててたな。
「さ、それじゃあ、お話を続けましょうか。今度は私の要望に答えてもらう番よ!」
鼻息荒くそのように言いながら、王女様が大きく手を広げたのだった。
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「へえ、それじゃあこの大陸には全部で8つの国があるの?」
「専制16国を1つと数えるなら、ですけどね。ルルリアは幾つ知っているんですか?」
「、、、えっと、まずはグリードル帝国でしょ。もちろんルデク王国のことは知っているわ、それから北の大国、ツァナデフォル、、、、あとは、リフレア神聖国くらいかしら」
「ツァナデフォルを知っているのは少し意外ですね」僕の単純な疑問。ツァナデフォルはリフレアより北にある大国だけど、南の大陸との交流は少ないはず。
「そりゃあ、自分が嫁ぐ国の周辺くらいは勉強してきているわよ」
それもそうか。グリードル帝国と隣接しているのは、ツァナデフォルとリフレア、そしてルデク王国だ。他は全て帝国に吸収されたものなぁ。
ルデクは言わずもがな、帝国と険悪な状況にあるけれど、ツァナデフォルも大概だ。
どちらかと言えば守勢に回っているルデクと違い、ツァナデフォルは帝国にゴリゴリと攻め込んでいる。
目下のところ、ツァナデフォルと帝国は一進一退の激戦を繰り広げており、帝国からルデクへの圧が少ないのも、ツァナデフォルの存在が大きい。
リフレアも消極的敵対関係にあるけれど、ここはどうなのだろう。リフレアがルデクを陥れた時、帝国も僕らの国に攻め込んだことを考えれば、裏で繋がっていることも考えられるか?
うーん、、、いや、ちょっと考えにくいな。
確かに帝国も攻め込んできたけれど、結果的にほとんど利益は得られていない。むしろリフレアにいいように使われた感じがあった。とすれば、リフレアが攻め込んでから帝国にも共闘の誘いがあったという方が自然かもしれない。
僕が思考している間に、話は続く。
「では、その他の国を説明しましょう」と、ウィックハルトが黙ってしまった僕に代わる。
「我々の国、ルデクの西にはゴルベルという国があります。当国とは戦争の最中ですね。さらにその西に2つの国があり、2国の北、ツァナデフォルの西に、専制16国という小国の連合国家がありますね」
「専制16国というのは私の国にも似てるわね」
「似ているというのは?」
「私の母国フェザリスは、六州と呼ばれる小国連合の一つよ。自分で言うのも何だけど、南の大陸でも特に辺境の方にある田舎の国ね。6つの国が仲良くやっているかと言えばそうでもなくて、小国同士で争いながら、結局近隣の大きな国を恐れて寄り集まっている感じ」
、、、、何とも返答し難いことを言うなぁ。
「お嬢様、またそのような、、、」苦言を呈したのはルルリアの側仕えさんだ。
「あら事実でしょ? その現状を打破しようとして、北の大陸の大国に支援を求めたのだから」
なるほど、話が読めてきたなぁ。ルルリアの国は大国の後ろ盾が欲しい。帝国は南の国に新しい貿易の窓口が欲しいと言ったところかな。
「私の国の話はどうでもいいわ、それじゃあ、各国の名物なんかを教えてちょうだい」
どうでもいいことないと思うけど? ルルリア、結構重要な役どころじゃないの?
そんな僕の気持ちをよそに、レイズ様からルルリアの歓待も仰せ使っているルファがルデクの名物について話し始める。
「ルデクの名物って言ったら、、、やっぱりポージュですよね」と、僕とウィックハルトに同意を求めた。それに関しては異論はない。
ポージュ。酸味と甘味のある野菜、トリットを下地にした煮込み料理だ。地域、街、各家庭によって、実に多彩なポージュが存在している。
具材は何でも良い。肉でも魚でも、何なら具なしでも。とにかくトリットをベースに煮込んで味を整えたものであれば、それはポージュだ。
例えば僕の母が作ってくれたのは、よく貝を中心に煮込んだ少し汁気の多いポージュだ。貝の出汁も出て、とてもおいしかった。
「ポージュ、、、それはどこでも食べられるの?」
「ええ。ルデクでポージュを食べられない場所はないと思います」
「、、、、食べたいわね。ねえ、私は情報を話したのだから、もう外出してもいいんじゃないかしら? どう思う?」
どう思う、と言われても、絶対ダメだと思う。少なくとも僕らが判断できる話ではない。
「えー! 何でよ!」とふくれっ面されても困るのだ。
「あ、でも、ポージュだったら材料はどこでも手に入るから、料理人を呼んで作ってもらう、とかならできるかも、、、、」
ルファの言葉にルルリアは目を輝かせた。
「え! じゃあ食べたいわ! ね、貴方たちもその、ポージュっていうの、料理できるの?」
「まあ、一応は、、、」と答える僕に、ウィックハルトは「私は料理はからっきしで」と言い、ルファも「私はこの国出身じゃないから、、、」と及び腰だ。
そんな様子を見たルルリアは「じゃあ、決まりね! ロア、貴方が作ってよ!」と、有無を言わさない口調で宣言した。