【第38話】漂流船騒動④ 僅かな手がかり
「サクリ様はゴルベルでもごく一部の人間しか知らない人物です。普段は表に出ることはありません。私もお会いしたのは1度だけ」
ゾディアがサクリのことを話し始める。
「え!? 直接会ったことがあるのですか」
「はい。詳細はお話しできませんが、”とある方”と会食した際にご同席されました。その”とある方”が、我が頭脳、サクリだと紹介されておりました」
「とある方、、、、」ゴルベルの要人か、あるいは王、、、まぁ、ここは聞き出せないだろうな。
「無口な方でしたから、ほとんど言葉を交わすことはありませんでしたが、“とある方”が、数年前にゴルベルにいらしたこと、それまでは私たちと同じように、放浪していたことなどをお話になりました」
「サクリの歳の頃は?」ウィックハルトの問いに、少し考えてから「それなりにご高齢に見えました」と答える。記憶を弄っているというよりは、話していいラインを探っているんだろうな。
僕もダメもとで聞いてみる「サクリは何か、僕らの国に対して仕掛けるようなことは言っていましたか?」
ゾディアは小さく首を振る。
「、、、、特には、何も。”とある方”の方は意気軒高でございましたが」と少しだけ笑う。
まぁ、ゴルベルの要人なら、ルデクなどモノの数じゃないとか、そんなこと言いそうだなぁ。ルデクでも似たようなことを言う人はいるし。
「サクリというお方に関してお話しできるのは、これくらいです。大したお話でなくてすみません」
「いえ、実在が確認できただけでも良かったです。貴重な情報でした」僕はゾディアに礼をする。いるかいないか分からない相手を探るよりもずっといい。レイズ様に伝えれば本腰を入れて調べてくれるかもしれない。
「そろそろ夜も更けて参りました。ここまでに致しましょうか?」ゾディアの言葉で僕らは席を立ち、ささやかな情報交換は終了した。
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翌朝、領主と共に見送りに来てくれたゾディア。
「ゾディアたちはこれからどこに向かうんですか?」何の気なしに聞くと
「一箇所、いつも立ち寄らせていただいている町へ向かって、それからグリードルへ」
「帝国へ、、、」
「ええ、あちらでも懇意にさせてもらっている町がございますので」
さすが旅一座。国の諍いなど関係なし。行きたいところへ行くのが彼ら、彼女らだ。
「旅のご無事をお祈りいたします。風の神、ローレフの加護があります様」僕が、旅一座が好んで使っていた別れの挨拶を述べると、ゾディアは目を丸くした。
「貴方様は本当に不思議ですね。旅一座の者たち以外はあまり使わぬ挨拶を、、、、」
「たまたま知っていただけです」
「、、、、私は貴方に興味があります。また是非、お会いしたいですね。貴方様の行く道にも、ローレフの加護を」
「ありがとうございます。また機会があれば」
そんな僕の言葉に
「多分、また会えると思いますよ」と、断言するように送り出された。
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ルエルエの街を出て少しした頃、後ろの方から先を急ぐ馬蹄が聞こえてきた。振り向けばよく知る人物がこちらに向かって馬を走らせている。
「やあ、早かったね、リュゼル」
僕らに追いついて速度を緩めるリュゼル。
声をかける僕に、リュゼルは「お前らが遅いのだ」と呆れていた。
「もう少し急いだ方がいいかな?」
「いや、そうは言ったがここまで来れば大丈夫だろう。ゆっくり進んでも夕方には着くはずだ。俺は先に行って第三騎士団に挨拶をしておく。護衛に2名ほど残すから、道草せずに来いよ」と言い捨てて、再び走り去ってゆく。
「我々はのんびり参りましょう」ウィックハルトの言葉に、僕とルファはしっかりと頷くのだった。
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「見えた! ゲードランドだ!」
初めて来る場所ではないけれど、思わず大きな声が出た。僕にとって、ゲードランドは久しぶりの馴染みの街だ。
僕の生まれ育った漁村は、ゲードランドから東に半日ほど歩いたところにある。子供の頃は父親に連れられて、よく魚を売りにゲードランドにやってきた。
村を出て王都に居を移してからは足が遠のいていたけれど、久しぶりに来ると、何だか懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「まずはザックハート様に挨拶に行きましょう。リュゼルも待っているはずです」と、先導してくれるウィックハルトについて、第三騎士団のいる騎士団の駐屯所へ。
「お前がロアか。レイズから話は聞いている」
レイズ様より鋭い視線と低い声。
僕の2倍以上はありそうな巨体。床につきそうなほど伸ばした綺麗な髭。
これが、美髭公と呼ばれる第三騎士団団長、ザックハート様との出会いだった。