【第4話】ほんの少しの希望
日を改めて第10騎士団の執務室へ呼び出された。
僕は今、前回来た部屋の隣にある、作戦会議室の一角に座っている。
部屋にはレイズ様、グランツ様、ラピリア様に加えて第10騎士団の部隊長が勢揃い。
総勢10名の部隊長が黙ってこの場に座している。いずれも自信と誇りに満ちた表情で、優秀さを隠そうともしない。
そんな中に僕。明らかに場違いだ。表現するとすれば、猛獣の檻の中にネズミが1匹。
隊長たちはおしなべて、僕に訝しげな視線を向けている。レイズ様が説明するまで待つのかなと思った矢先、「この者は誰です?」と一番歳若そうな隊長が発言した。
問われたレイズ様は、誰が一番最初に聞いてくるのかを楽しんでいたように、少し目を細める。
「この者はロアという文官だ。今回のエレンの村の盗賊掃討作戦において、我が軍の不明を指摘したのはこの者だ。疎かにしないように各部隊徹底してもらう」
「我々が疎かにしないというのは分かりますが、、、部下にも、とは?」
「言葉の通りだ、フレイン。今回はロアにも従軍してもらうからだ」
「従軍? ロア、失礼だが従軍経験は?」
「え、、、、ありませんよ、、、もちろん、、、」隊長さんも困惑しているだろうが、一番困惑しているのは僕だ。なんなら隊長さん達に反対してもらって、あわよくばこのまま退出したい。
そんな僕の思惑は叶う事なく「ロア」と、レイズ様は僕に問う。
「先日話した時、エレンの村の地図を頭に入れてこいと言った。ちゃんと覚えてきたか?」
「あ、、、はい。一応」それくらいは造作もない。
「よし、では」と言って、僕が資料室で見た地図よりも、二回りも大きく詳細な地図をテーブルに広げるレイズ様。
「ロア、好きに答えていい。この地図の中で我々が布陣するとすれば、どこだ?」
「レイズ様、なにを、、、」と口を挟もうとするフレインを手で制しながら続ける。
「ロア、君のことを少々調べさせてもらった。古今の戦の記録を集めて回るのが趣味と聞いたが、どうもかなりのものらしいな。文官の間では有名だったぞ」
「あ、、、はい。けれど、それはあくまで趣味で集めているだけであって、、、」
「その趣味の範疇で構わん。どこに布陣すれば良いか示してみろ」
どうあっても僕が布陣を提案しないとダメみたいだ、確か、記憶の中のレイズ様は2度目の討伐隊も少数で向かわせて油断させ、軍を確認した領主が盗賊と打ち合わせに向かったところを別働隊が突いたはず。
「少数の部隊を2手に分けて、一部隊を囮にして陽動。領主は慌てて盗賊と対応を相談するでしょうから、もう一部隊で領主が盗賊と打ち合わせに向かったところを奇襲してはどうですか?」
僕の提案に、レイズ様は首を振る。
「悪くはないが、状況的に弱いな。領主が盗賊と落ち合うかどうかも不明瞭だ。初手としてはどうか? 陽動に乗ってくるか? ただ警戒されて終わるかも知れぬ」
「そうですか、、、、」言いながら、僕の中で「おや?」と言う気持ちが芽生える。
この作戦を立案したのは、僕の記憶の中のレイズ様本人だ。と言うことは、ここで仮に僕が示した他の作戦が採用されたら、、、ひとつ歴史が変わったと言うことにならないだろうか?
いや、別に僕の策が採用される必要はない。記憶の中にある作戦以外ならなんでも良いのだ。これは来るべき滅亡の歴史を、変えることができるのかを試す絶好の機会かも知れない。
そのように思ったら、急に頭が冷えてくる。今、この瞬間に、ささやかだけど歴史を変えることができるかも知れないのだ。
みんなの視線が僕に集まる中、僕は頭の中にある様々な戦闘記録を思い浮かべる。
そして、一つの場所を指差した。
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ロアが退出した後も、作戦室にはロア以外の全員が残っていた。
「どうだ?」レイズが皆に問う。
「なるほど、、、レイズ様が気にされるお気持ちは分かりました。されど、机上の空論ではありませんか?」一番年配の隊長が懸念を示すと、「私は面白いと思いました。十分に勝機があると」別の隊長が述べる。
そんな中、フレインが少し深刻な顔をしながら聞いてきた「レイズ様、よろしいですか?」と手を挙げると、「もしやとは思いますが、あの男を第10騎士団に、、、、」
「ああ、私としては加入させるつもりだ。もちろん、今回の戦果や立ち振る舞いを見た上で、だがな」と、被せるように答えた。
「まさか、とても戦場で生き残れるとは思えません! 第一戦場経験もない者を、、、」
「おいおい、誰だって最初は戦場経験はない。君だってそうであろう、フレイン」
そのように言われフレインは言葉に詰まった。
「しかし、急になぜ?」よく手入れのされた髭を蓄えた隊長が疑問を呈する。
「そうだな、、、、なんとなく、だ」
「なんとなくですか、、、レイズ様らしいといえば、らしいですが」普段は理詰めを好むレイズだが、たまにこうして突然思いつきで行動することがある。
戦場ではこの思いつきで思わぬ戦果を上げることもあるため、この場にいた隊長たちも「またか」と言う顔をしながらもどこか納得顔になった。
「それにロアの策が失敗だった場合でも、二の矢三の矢は私が用意しておくから安心するといい」
「そこに関しては心配しておりませんが、ただ、あの者、見たところ戦闘は無理でしょう。最悪死ぬかも知れませんよ?」
「そうなったらその時だ」とレイズの言葉はあっさりしたもの。
こうしてロアの知らないところで、話は着々と進んでいたのである。