【第35話】漂流船騒動①
「漂流船ですか?」
「ああ、海軍が哨戒中に発見してゲードランドに曳航してきたのだ。一週間前の海が荒れた時に漂流したようだ。見つけられたのは運が良かった。もう数日発見が遅れたら危なかったらしい」
執務室に着いて早々に、難しそうな顔をしたレイズ様が説明してくれる。
「えっと、それと僕、、、というか、ルファとなんの関係が?」
「ただの漂流船じゃないのよ」レイズ様の説明に、ラピリア様が口を挟む。
「船籍が帝国なのだよ」
「ええ!? じゃあ帝国の船を連れてきたんですか!?」
「ああ。流石に放置しておくわけにはいかないからな。ただし船員は全て軟禁させてもらっている。その中に困った御仁がいてな」
「困った御仁?」
「本人は身分を明かしていないが、どうも、南の大陸のどこかの国の要人の可能性が高い。他の帝国の人間と同じようには扱えん。そこで、ルファ、お前が相手をしてやってほしい」
「私が、、、、」
「ああ。そして可能であればどの国の御仁なのか。それと、聞き出せるようであれば、どのような目的で帝国へ向かおうとしているのかを聞いてほしい」
「私にできるかな?」
「無論、無理強いしなくていい。相手が何者かわからん以上、こちらも強気に出ることはできんからな。それからロア、それとウィックハルト」
「はい」
「お前らは護衛としてついて行け。ウィックハルトは騎士にしては見た目が柔らかいからな。それからロアは、こう、騎士にはない庶民的なところがあるから、相手も安心するだろう」
と、少し釈然としない説明ながら、僕らのやることは理解できた。
「我々は少々段取りを行ってから向かう。ロアたちは準備が出来次第出発してくれ。そうだな、リュゼル隊をつける。頼んだぞ」
こうして追い立てられるように僕らは出発したのだった。
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王都ルデクトラドからゲードランドの港までは、徒歩なら4〜5日。馬なら全力で進めばどうにか1日で行くことができる。
ただし、馬に不慣れなルファが一緒の僕らには無茶。リュゼルに先行することを伝えて、街道沿いにある3つの町の一つ、ルエルエに向かっていた。
リュゼルたちは準備が出来次第、翌日早朝には出発するので、僕らが明日ルエルエを出て半日もしないうちに追いつく見込みだ。
リュゼル隊から派遣されるのは30名ほどと少ない。あまり大人数で行く必要がないためだ。理由は簡単。要所であるゲードランドには騎士団が一つ、駐屯しているのである。
ゲードランドを持ち場としているのは第三騎士団。率いるのは猛将、ザックハート様。ザックハート様は騎士団の団長の中でも最古参。歴戦の猛者として広く知られる将だ。美しく長く伸ばした白い髭が自慢で、美髭公などとも呼ばれている。
なので、リュゼル隊の役割はあくまで道中の僕らの護衛と連絡役。と言っても、ルデクトラドとゲードランドはルデク国内でも最も人通りがあるため、治安はかなりいい。だからこそ僕らも先行してルエルエに行けるのだ。
僕の愛馬であるアロウの背にルファも乗せて、無理のない速度で街道をゆく。慣れないと酔ったりするから急がない。
それにしても行き交う人が僕ら、というか主にウィックハルトとルファを横目で見ながら通り過ぎて行く。目立つもの、この2人。主に見た目が。
先ほどのレイズ様の発言といい、深く考えると少しモヤッとするので、考えないように空を見る。青いなぁ。
「ロア、どうかした?」僕の様子を見て、ルファが振り向いてこちらを覗き込んできた。
「なんでもないよ。それよりも、大丈夫? 酔ってない? お尻、痛くない?」全て自分の経験則からきているので、発言には重みがあるはずだ。多分。
「全然平気」と返してくるルファの顔は本当に平気そうだ。僕は最初の頃は大変だったんだけどなぁ。
、、、、もしかして、馬に乗ったことがあるのだろうか? 馬に乗る、、、? こんな少女が? 庶民ではあり得ないことだ。ルファは一体、どういう経緯でレイズ様の元にいるのだろうか?
気にはなる。けれど、素性を聞きづらい空気があり、なかなか聞けないでいた。僕の目的は、ルデク滅亡の未来を変えることだ。そのためには第10騎士団という、せっかく手に入れた強力なカードを手放すことはできない。
ルファの素性は気になるけれど、藪を突いて蛇を出し、レイズ様の不興を買うつもりはない。本人が話すまでは聞かないつもりでいる。
「ロア殿、見えてきましたよ。ルエルエの町です」
並走していたウィックハルトの言葉で、僕は思考の海から引き戻される。
視線を走らせれば、町の城壁がすぐそこまで迫っていた。
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「賑やかだね、、、、、」
ルエルエの町は僕が思った以上に賑やかだった。それもそのはず、お祭りの真っ最中だったのだ。
港からルデクトラドに向かう商人で賑わうルエルエの町は綺麗で、お祭りもお金がかかっているのが一見して分かる。
「夜は歌姫が来るらしいぞ。楽しみだな」
僕らの横を通り抜ける商人がそんな会話をしているのが聞こえた。
「これだけ賑やかだと、宿がとれないかもしれないね」と僕が懸念を口にすると、心配ないとウィックハルトが胸を張る。
聞けば各街の領主館の一角に、騎士団の将専用の宿泊施設があるのだという。流石騎士団。
慣れた足取りで領主館へ進むウィックハルトについてゆくと、領主館についた。来訪を告げると慌てて領主がやってきて、祭りの最中なので満足なもてなしができないことを詫びる。
ウィックハルトが「突然訪れたのは我々だ。かえって申し訳ない。せっかくのお祭りだから、夕食は町で適当に摂るので、宿泊施設だけお借りしたい」と伝える。
恐縮しきりの領主は「ならばせめて、歌姫の歌を良い席でお楽しみください。すぐに手配して参りますので」と言って、僕らが止める間も無くどこかに走ってゆくのだった。