【350話記念SS】今日は二人で。
こちらは350話到達の記念SSとなります。
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少し、夢を見ていた。
随分と懐かしいような、ごく最近の出来事のような夢。面白い少年を見つけた、あの時の夢。
紅茶の良い香りが鼻をくすぐり、ネルフィアは目を覚ます。昨日は机に突っ伏したままで力尽きたようだ。誰かが毛布を掛けてくれていた。
「あ、起きました? おはようございます」
サザビーの穏やかな声が聞こえる。出会った頃は、まだ少し高い声だったな。そんなことを思い出したのは、先ほど見た夢のせいだろう。
「おはようございます。今日は何日ですか?」
こんなところで力尽きたということは、少なくとも丸一日はそのまま寝入っていたのだろうと、ネルフィアは冷静に考える。
元々忙しい身ではあるが、最近は特に多忙を極めていた。
リフレアが滅んで以降、端的に言えばルデクの領土は倍に増えた。必然、他国の密偵の入りも倍増する。各国から見たルデクは今、思惑はどうあれ頼るべき国であり、同時に最も危険な国なのだから仕方がない。
表立って敵対すれば食料の供給が止まり、国は飢える。だが、このままでは北の大陸はルデクと帝国の物となってしまうのではないか。そんな危機感が各国を包んでいる。
そうなると当然水面下での動きが増え、それは即ち、ネルフィアたち第八騎士団が対策すべき仕事となる。
「いや、今日は珍しく半日ほどでした。ほら、まだ外が明るいでしょう」
そんな風に言いながら、サザビーが紅茶の入ったカップを差し出してくる。礼を言って受け取ると一口含む。熱とともに鼻から抜ける香りが心地よい。
「半日でしたか。外が暗いか明るいか、あまり気にしてませんでした」
「ネルフィア、流石に根を詰めすぎです。少し休んだほうがいいですよ」
「そうですね、、、、」
ネルフィアとしては、それほど過剰に仕事したつもりはないのだが、最近はこうしてサザビーから提案された時は大人しく休憩を入れるようにしている。
紅茶を啜りながら、なんとなく静かな時間が流れた。
ネルフィアはこの時間が嫌いではない。心が落ち着く。
「、、、、そういえば、サザビーはこの部署に来て何年になります?」
「あ、それ聞きます?」
「答えたくなければ良いです」
「いやいや! 答える気満々ですよ! 実はですね、昨日で満7年になったんです」
少し胸を張るサザビー。
7年か。気がつけば随分と一緒に仕事しているのだなぁと、ネルフィアは考える。
「、、、、、」
「、、、、、あれ? それだけですか?」
サザビーは何か続きを待っていたみたいだ。ネルフィアは首を傾げる。
「なんでしょう?」
そんなネルフィアの言葉に、サザビーはしょんぼりした顔を見せた。そういう顔をされると、散歩に連れて行ってもらえない犬のようだ。
そう言えば、ネルフィアの思考は急に飛ぶ。
そう言えば、私はあの時、何故涙を流したのだろう?
あの時、とは、フェマスの戦いの最中のことだ。ラピリアからサザビーの安否を知らされて、全く無意識のうちに涙が溢れていた。
ネルフィアは自分の人生において、人とあまり深く関わってきたことがない。
仕事柄あまり必要がないことだと思っていたし、嘘を見抜くのが上手いネルフィアにとって、仕事以外で人と合わせるのは少し苦痛を伴う物であったからだ。
けれど、ここ1、2年程で、ネルフィアと周囲の関係性は随分と変わったように思う。
きっかけははっきりしている。ロアと、その仲間達だ。
初めは純粋な監視。および、危険人物であった場合は処分まで視野に入れてロアに近づいたのだけど、いつの間にやら、ネルフィアにとっては大切な同胞となった。
同胞、、、少し違う。どう表現して良いか分からないけれど、ネルフィアにとって、今までになかった大切な繋がりであることは間違いない。
ネルフィアはサザビーの顔をチラリと見る。その視線に気付き、こちらに微笑むサザビー。
なんだか分からないけれど、少し胸が暖かくなる。紅茶のせいだろうか。
「あのー、ネルフィア」
「なんでしょう?」
「少し早い時間ですが、もう今日は仕事を終わりにして、飯でも食いに行きませんか? どうせちゃんと食べていないんでしょう?」
サザビーに言われて思い返してみれば、最後に何を食べたかさえ記憶にない。
「それも良いかもしれませんね」
ネルフィアの返事を聞いたサザビーは嬉しそうに、
「では何が食べたいですか? と言っても、まだ食料に制限はあるので、どの店もそれなりのメニューしかありませんが。そうだ、トゥトゥとチーズで面白い料理を作る店があります、行ってみませんか?」
「サザビーがお勧めするなら間違い無いでしょう。お任せします」
「そうですか。では早速出かけましょう。上着、持ってきますね」
いそいそと立ち上がるサザビーに、「サザビー」と、ネルフィアは声をかける。
「なんです?」
「いつも、ありがとう」
それはネルフィア本人が意図していなかったくらい、自然に出た言葉。
耳にしたサザビーは何故か、呆けた顔で固まった。
「どうしました?」
「あ、いえ。なんというか、今まで見たことのない、素敵な笑顔だったので」
「私を煽てても、何も出ないと言っているでしょう」
そんな風に返したネルフィアの頬は、ほんのわずかに赤くなっていた。