【第343話】事実と現実
フェマスを出発した僕らは、ゆるゆると部隊を進める。
宗都を包囲するという点においては、当然急いだほうが良い。けれどあえて、時間をかけての行軍となっていた。
今回の戦いは、リフレアという国そのものを滅ぼすためのものだ。そのためには、この国に住まう民たちに統治者が変わったことを知らしめなければならない。
僕らは道中の街村に到着すると、都度使者を立てその街の領主と会談。予め準備しておいた食糧を分け与える。
その上で、「ルデクの統治の後は、凶作の間の食糧は全てルデク王家が面倒を見る。税も免除しよう。ただし、ルデクに反旗を翻す者が出たら話は別だ。その街は潰す。この事を周辺の街村に周知してほしい。貴殿らの英断を期待する」と伝えながら、次の街へ向かうということを繰り返していた。
また同時に、時間を掛けた行軍はフェマスの顛末が各国へ届くための時間を作る、という意味合いもあった。勝負は決し、最早リフレアに味方する意味はないと知らしめるのだ。
特にルブラルには早急に情報を届けておきたい。何せ、第四騎士団の持ち場は今、広大な領地に対してたった1000の守備兵しかいない。ルブラル王が気付いたら、動き出さないとも限らない。
尤も、ルブラルが動けばルデクからの食糧支援を止めるのは当然のこと、さらに周辺国からも食糧の配給を盾に圧力をかけさせる。
ルブラルにとっても分の悪い賭けだ。よほどのことがない限り、ルブラルが暴走するとは思えない。
念のため王都を護る第六騎士団の一部を、第四騎士団の持ち場に回してもらえるよう、王への書簡も用意した。
なので第四騎士団が持ち場にいないことは、早晩ゼウラシア王の知るところになるだろう。
王都への使者にはネルフィアを立てた。僕の親書と、戦いの顛末を持って王の元へ急ぎつつ、第八騎士団を駆使して各地にルデクの勝利を喧伝して回るためである。
「後のことはサザビーに任せました」
そんな風に言ったネルフィアは別れ際、「サザビー、無事に帰ってきてくださいね」と添えて去ってゆく。
「俺、、、、ネルフィアからそんなこと言われたの、初めてなんですが、、、」
サザビーが目を丸くしながらも、嬉しそうにしていた。
道中におけるリフレア兵の抵抗は皆無だ。皆無に近いのではなく、本当に全く無い。
もちろん砦はいくつかあった。
けれど、いずれも僅かな降伏兵を残すか、空っぽの状態を接収するばかり。
リフレアも本当に総力戦だったのだろう。もとより立てこもるだけの兵士が残っていない中、フェマスの敗戦の報が届いた結果がこれだと考えられた。
多分、逃げた一部の兵は宗都での最終決戦に向かったと思われる。だが、兵力差を考えれば大きな問題ではない。
「、、、、これがリフレアという国ですか」
最後の決着のためにあれこれ考えていた僕の思考を休めるかのように、ウィックハルトが周辺を見回しながら呟く。
そんな言葉を耳にして、僕も気分転換に辺りを見渡す。
各所に鉱山があって起伏に富んだルデクや、見渡す限りの平野が続く帝国とはまた違った雰囲気だ。
澄んだ冬の空気のおかげか、西を向いても東を向いても、遠くにうっすらと山脈の影がある。
その景色を見て、僕らは自然と山々に囲まれた国であることを実感する。このどこか閉鎖的な空気が、独自の文化を築いてきたのだろうか。
「ロアは、来たことあるの?」
言外に、未来の僕は来たことがあるのか、という意味を込めたラピリアの言葉。
「、、、、一応ね」
本当に僅かに立ち寄ったというか、必要に迫られて通過したと言ったほうが正しい程度の来訪だけど。
僕は未来でリフレアという国をずっと警戒して生きてきたので、積極的に立ち寄ることはなかったのだ。
なので、こうしてゆっくりとリフレアを見聞するのは僕にとっても初めてのことである。
「宗都まではあと3日くらいですか、、、、」
ウィックハルトがまたなんとなく口にする。
「べグーさんの話だとそうだね。けれど、街村との交渉を考えると、もう少し時間がかかるかもしれない」
べグーさんとは、グランツ様の部下だ。
今回の第四騎士団の侵入経路や、レイズ様の大遠征で遠征路を決めるのに活躍したリフレア出身の兵士さん。
元々は商人として、リフレア国内を歩き回る生活をしていた。
その時に親しくなった旅一座の女性と結婚して、流れで旅一座に加入。子供ができたのを機に、たまたま滞在していたルデクトラドを安住の地と定め、職を求めて騎士団に入団するという異色の経歴の持ち主である。
そのベグーさんが打ち合わせの時に口にしたのが、「宗都まで普通に進めば、あと3日程です」とのこと。
あともう少しで宗都。どのような結末になっても最期まで見届けるため、僕は確実にアロウの足を進めるのだった。
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宗都レーゼーンにある教団本山の一室。
そこには、サクリとネロだけがいた。
「兄上」
サクリがそのように呼ぶ時、ネロは必ず僅かに不快そうに皺を寄せる。
だが今はネロの態度に怯んでいる場合ではない。
「兄上、、、、先ほど申し上げましたとおり、我々は負けました。もはや、ルデクの軍勢がこの地に迫るのも時間の問題。そして最早、我々にこれを破る戦力はございません」
降伏を。そう口にしようとしたサクリより先に、ネロから返事があった。
「そうか。では、降伏だな」と。
ネロの言葉を聞いて、サクリはホッとすると同時に、あまりにあっさりとした返事に違和感を感じる。
そして、次いでネロから出た言葉で、サクリは絶望した。
「では、ルデクに私の保護を申し出て来い。他はどのような条件も飲んでかまわん。この私の血筋は、ルデクであっても絶やすべきではないと考えるであろう。交渉は難しくないはずだ」
そのように宣ったネロの目には、なんの躊躇も一切の迷いもない。どのような状況であろうとルデクがネロを保護するのは、ネロの中では揺るぎない事実であるのだ。
ここに至って、サクリは気付いてしまった。
否、ずっと、ずっと、目を逸らし続けた事実を認めざるを得なくなってしまった。
本当はサクリも分かっていたのだ。
ネロがもう、遥か以前から、悪夢のような”あの夜”にはもう、狂っていたことに。