【第342話】フェマスの大戦28 魂へ、捧ぐ。
ボルドラス様とグランツ様と会談をしたその夜は、僕らは勝鬨を上げることもなく、早々に休んだ。
もちろん見張りはしっかりと配置したけれど、皆、泥のように昏昏と眠った。
そして翌朝からは、粛々と戦いの後始末を始める。黒く焼け焦げた部分も多い大地に穴を掘り、この戦いで天に旅立っていった者たちを、敵味方問わずそこに納めてゆく。
冬とはいえ犠牲者をこのままにしておくわけにはいかない。これは勝者の習いである。
と言っても、僕らがここに滞在するのは明日の朝まで。今日中にはオークルの砦から埋葬のための部隊が派遣される。
それらの部隊に引き継ぎを終えたら、僕らは再び北へ、宗都を目指すために進軍するのだ。
それにしても、、、、一夜明けて被害の状況がはっきりしてきた。ルデク側では命を落とした兵士だけで5000に届こうかという人数。ここで離脱を余儀なくされる兵士も含めれば、1万を超える甚大な損害だ。
第10騎士団で最も大きな打撃を受けたのはラピリア中隊。2000の兵のうち、半数以上がこの地で眠りにつくことになった。
その他、第三騎士団、第七騎士団も看過できぬ傷を負っている。比較的被害の少なかった第二騎士団であっても、無傷の者は一人もいないような有様である。
対してリフレアはもっと酷い。死者だけでもゆうに2万を軽く超え、投降兵も相当数に上る。もはや立て直すのは不可能であることが分かる、文字通りの壊滅状態だ。
おそらく、ここから先で大きな戦いが起こることは、まず、ない。
「また妙なこと考えて、一人で背負おうとしているんじゃないでしょうね?」
ぼんやりとしていた僕に、ラピリアが声をかけてきた。
「、、、、まあ、考えてた、、、、、」
嘘をついても仕方ない。この地で決着をつけると決めた以上、味方にも多くの犠牲が出ることは覚悟の上だ。と、頭では分かっていても、気持ちはそうそう割り切れないさ。
現に昨日普通に会話をした第10騎士団の仲間の中にも、二度と会話できない相手は一人や二人じゃない。
「、、、、今日はちゃんと騒ぎなさいよ」
ラピリアが言っているのは夜の宴のことだ。これも戦場の習いの一つ。失った仲間の事を想いながら大騒ぎをして戦勝を祝う。
「、、、、一人で河原にいることはしないさ」
思えば、ラピリアとの距離を初めて近くに感じたのは、ハクシャの川辺だった。
「、、、、そう、なら良いわ」
それだけ言うと、僕から離れてゆく。ラピリアはラピリアで、部隊の編成に忙しい。ラピリア中隊は負傷兵と一緒に先にルデクへ戻る案も出たのだけど、ラピリアを含め全員が敢然と拒否。
「これ以上大きな戦いにならないのなら、私たちも進ませて。倒れていった仲間たちのためにも、最後まで見届けたい」
生き残った中隊全員の意思だと言われれば、僕も強くは言いづらい。結局、ラピリア中隊は後方支援部隊として、本隊に組み込む形で同行する。ちなみにルファも一緒。
「ロア殿、あれを」
ウィックハルトが何かに気づいて指差した先、たくさんの馬車を連れた部隊がやってくるのが見えた。埋葬のための兵士たちだ。
僕が出迎えにゆくと、「此度の勝利おめでとうございます」と隊長格の人が挨拶してきた。2〜3挨拶を交わしてから、気になったことを聞いてみる。
「なんだか馬車が多い気がするのですが、、、、?」
「バラン殿より、このくらいは必要であろうと」そんな返答を受けて、一つの馬車の中を覗いてみる。
中にあったのは大量の酒と、同じく膨大な量の肴。聞けば、高級肉のハローデル牛の干し肉やチーズなども山のように持ってきたらしい。
バランさんというのはオークルの砦の守備隊長を任された老兵だ。
ラピリアの祖父、ビルザドル様と戦場を駆けたこともあるという経験豊富な人で、色々と目端も利くことから一任された。
確かに今回は大きな祝宴になるだろう。これらの物資は本当にありがたい。凶作で食べ物を節約しなければならないのだけど、今日くらいは許してもらいたいものだ。
「オークルの砦の備蓄を片っ端から持ち出してきました」
そんな言葉に僕が驚きながら「それは大丈夫なのですか?」と聞けば、
「もはやオークルでの戦いはないだろうから、備蓄をダメにする前に放出してしまえと仰ってました」
なるほど。そういうことなら遠慮なく頂くことにしよう。
そうして日中は黙々と、埋葬の手伝いに勤しむのだった。
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その日の夜。
在らん限りの篝火が焚かれ、夜なのに昼間のように明るくなった平野に、ルデク兵士が集まっていた。
寒いはずなのだけど、人が密集しているのであまり寒さは感じない。
これだけの人数がいるのに、誰一人として言葉を発しておらず、耳鳴りがするほどの静寂がその場を支配している。
全兵を前にして、僕、ウィックハルト、ラピリア、ザックハート様、ホックさん。トール将軍、ボルドラス様、グランツ様が並んだ。いずれも厳粛な面持ちで、兵士達を見つめていた。
その中から僕が一歩前に出る。そして、大きく息を吸い、腹に力を入れ、声を張る。
「皆の者!!!!!」
僕の声がフェマスの夜に轟いた。
「決して、、、、決して小さな被害ではなかった! 血をたくさん流した! 仲間をたくさん失った! だが、、、、、だがそれでも! 僕らは勝った!! まずはここに!! フェマスの大戦の勝利を宣言するっ!!!」
「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
地面が揺れるほどの咆哮が天へと立ち上り、驚いた鳥たちがバサバサと逃げてゆく影が闇に溶けてゆく。
咆哮の余韻が消えるのを待って、僕は再び口を開いた。
「だが、まだ、戦いは終わってはいない。今日が終われば、我々はリフレアの宗都、レーゼーンへ進軍する!! これが最後の戦いとなる!! 皆の者!! 最後まで気を抜くことなかれ!! そして私に、このロア=シュタインに力を貸してほしい!!!」
「「「応!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」
「、、、、今日は、亡き友の事を想い、、、、、飲み! 食い! 騒げ!! 総ての同胞のために!!」
「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
こうして始まった戦勝の宴、各所で人々は騒ぎ、肩を組んで歌い、笑い、そして泣いて、総ての感情を乗せて夜空へと声を届けようとする。
星になった仲間たちと、喜びを分かち合うように。
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翌日、僕らはついに、宗都へ向けて進軍を開始した。
いつも読んでいただいてありがとうございます。
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ほぼ一月に及んだフェマスの大戦、まさかここまで長大な話になるとは思っておりませんでしたが、お付き合いいただきありがとうございました。
本作はいよいよ完結に向けて最後のお話に進み始めることとなります。
願わくば、皆様に最後までお楽しみいただけますようにと、願いを込めて。