【第341話】フェマスの大戦27 ボルドラスの評価
フェマスの戦いより少し前のこと。
グランツはロアから届いた手紙を持って、ボルドラスのいるキツァルの砦を訪れた。
「これはグランツ様、急な来訪ですな? どうされたのですか? ルブラルに何か?」
「いや、その前にボルドラス様、そろそろ私に”様”付けはおやめ頂きたい。私は貴殿の部下であるのだから」
「そうは仰られても、我が国指折りの将軍であることには変わりませんからな。むしろ、私が貴方から様づけされる方が落ち着かぬ心地です」
しばし互いに主張し合い、結局双方”殿”呼びにすることで落ち着く。
「それで、グランツ殿、今日は一体、、、?」
「まずはこの、ロアからの手紙を読んでいただきたい」
早速開き、内容を確認するボルドラス。しばし、沈黙の時が続く。
読み終えたボルドラスは、息を吐いて目を離してから、確認するようにもう一度視線を手紙に落とす。
「、、、、何とまぁ、、、あのお方は、、、」
ロアの手紙には、これから大規模な凶作が起きること、第四騎士団の治める辺りはルデク領に変わって間もないので、住民が混乱しないように気をつけてほしいこと。さらに、食料に関しては既に手配済みなので、その旨伝えてほしいなどの、諸々の対策も添えられてあった。
続けて、そろそろ本格的にリフレアへ攻め込むつもりであることが書いてある。
その上で、第四騎士団からも陽動に1000ほどの部隊を出せないか検討してほしい。可能であれば、密かに遺跡側から潜入し、おそらく決戦の地になるであろうフェマスに、後方から現れてほしいのだと。
凶作はルデクだけではなく、大陸全土に及ぶ。リフレアも長期的に戦うことは難しく、フェマスで乾坤一擲の戦いを仕掛けてくるとみている。故に、戦力はフェマスに集中するだろうから、遺跡側は手薄になると読んでいるので、リフレアへの侵入もそこまで難しくはないのではないかと綴られていた。
「、、、先だってリフレアに流言を流して、リフレアの動きを探っておりましたな。あれも、このための布石だったのでしょうか?」
「左様ですな。その辺りも視野に入れての策であったかとは思います」
「、、、なんとも、、まあ、、、、」
少し呆れ顔のボルドラスへ、グランツは問う。
「第四騎士団の出陣についてもですが、まずは凶作の件、どのように思われますかな?」
「ロア殿がそう言うのなら、起こるのでしょう」
即答。
ボルドラスの返事を聞いたグランツが、虚を突かれたような顔をするほど。
「、、、随分とロアを信用しておられるのですな?」
「ああ、そういえばゼッタの戦いの時、グランツ様は他の場所で戦っておられたのでしたな。あの戦いで、我々が寡兵でこのキツァルの砦を守っていた時、ロア殿は「数日後に積もるほどの雪が降る。それまで耐えよ」と兵たちに訴えたのです」
「雪?、、、、ああ、そういえばルファがそのような神託をしたという話でありましたな」
グランツはそのような報告が上がってきていた事を思い出す。
「兵を鼓舞したのはルファ殿でしたが、実際に雪が降ると言ったのはロア殿です。しかも、ものの見事に当ててみせた。私程度では分からぬものが、あの御仁には見えている。そのロア殿がここまで言い切るのであれば、凶作は起こるのでしょう」
「なるほど。では、その前提で話を進めましょう」
そこからしばらくは、この地域の住民たちに対する対応策を詰めてゆく。とにかく食料が確保されていると言うのは大きい。早めに手を打てば大きな混乱はないだろう。
そして次に、参戦の件だ。
「まず問題は遺跡側の砦ですな」
この砦は第10騎士団の大遠征の後、ルデクがリフレアに宣戦布告してからできた新しい物だ。
周辺は深い森のため、あくまでルデク北西部の監視として存在しているのだろう。無視できるほどではないが、規模はそこまで大きくはない。
「経路は確保できそうですかな?」
ボルドラスの質問に、グランツは首を縦に振る。
「我が部下でリフレアの道に詳しいものがおります。なるべく古道を利用してリフレア側からフェマスまで行くには、遺跡の砦以外に2つの砦の近くを通過する必要がありますが、不可能ではない、とのことです」
「ふむ、、、、、、」
ボルドラスが手紙を睨みながら長考に入る。その様子を見たグランツは、配下にお茶を入れ替えるように命じて、ボルドラスの意見を待った。
そうしてグランツが二杯のお茶をゆっくりと楽しむほどの時間を経た頃に、ボルドラスは漸く顔を上げ、いつもの穏やかな表情でグランツを見ると。
「グランツ殿、この件、第四騎士団全軍で出陣いたしましょう」と、とんでもないことを口にした。
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陣幕の中、グランツ様とボルドラス様の話を聞いていた僕ら。
「、、、、えっと、、結局なんで第四騎士団は全軍でここに?」
グランツ様の話を聞きながら、いまいち理由が分からず困惑しかない。視線は自然とボルドラス様に集まってゆく。
ボルドラス様は少し首を傾げて、僕らへ向かって説明し始めた。
「ロア殿の言うことが真実だとすれば、リフレアはもちろん、ルブラルでさえ戦どころではないでしょう? なら、我が第四騎士団は兵力として丸々浮いた存在ということになりませんか?」
「そう、、、ですね」
確かにそうなるように各国を誘導したけれど、、、だからと言って、ここまで割り切ることができるものか?
「そして此度の戦い、ルデクは絶対に負けるわけにはいかないのでしょう?」
「そうですね」
「なら、我々は確実に援軍を送り届けるために、ほぼ全軍を出した、それだけの話です」
あっさりとした物言いだけど、とんでもない決断だ。
例えば僕らが早々に負けて撤退した場合や、リフレアが余裕を持ってフェマス以外に守備兵を残していた場合、下手すれば第四騎士団はリフレア国内で孤立、全滅の恐れだってあった。
「、、、、よく、王が許可を出したわね、、、」
ラピリアが誰に言うでもなく呟くと、
「いえ? 許可はいただいていませんよ?」
と、またとんでもない事を言い始めるボルドラス様。
「あまり時間もありませんでしたし、それに言ったら止められます」
いやいや、ええ!? 言ってないの!?
「なのでロア殿、お願いがあるのですよ」
「な、、、なんですか?」
「ロア殿も王に一緒に怒られていただけませんか?」
と、先ほどルデクの勝利を決定づけた騎士団の団長とは思えないほど、情けない顔で僕に懇願するボルドラス様。
そんなやり取りをしている陣幕の中に、騒がしい2人が乱入してきた。
双子だ。
双子はボルドラス様を見るなり言い放つ。
「おっボルドラス! お前相変わらずイカれてんな!」
「絶対王に内緒で来ただろ! あとで怒られるぞ!」
、、、、初犯じゃないのか。
思えば双子を制御していた人だ、普通であるわけがなかった。
僕は今度こそボルドラス様の評価を定めながら、王に一緒に怒られる覚悟と言い訳を考え始めるのだった。