【第339話】フェマスの大戦25 負うべき責任
ショルツが乱暴に扉を開けると、中には悄然としたサクリがぼんやりと窓の方を見ていた。
「軍師殿、、、サクリ殿!」
ショルツの言葉に、ぎこちなく声の方に顔を向けたサクリは、「私は、、、、負けたのか?」と、ゆるゆると口にする。
「、、、、そうですな。我々の負けです」
ショルツははっきりと言い切る。もはや北の戦場は巻き返せる状況ではない。兵達の気持ちが折れてしまっている。残るは降伏か、死か。
北の戦場が決着すれば、もう残った南西の戦場は持たない。ここまで激戦を繰り広げてきた相手のことだ、その実力は嫌でも分かっている。万に一つでもリフレアが勝つ可能性は皆無だ。
「負けたのか、、、、この、私が」
もう一度確認するように言うと、やおら下を向き、ショルツに向かって首を差し出す。
「、、、なんの真似です?」
「斬るが良い。恐らく、兄上にでも言われてきたのではないか? 私が失敗したら、切り捨てよ、と。失敗した私は兄上にはもはやなんの価値もない」
老いた細首を差し出したままのサクリと、それを睨むショルツ。止めるでもなく、その様子をただ黙って見つめるムナール。
しばらく奇妙な沈黙が続く。
そして動いたのはショルツだ。ガシャリと鎧を鳴らしてサクリに近づくと、そのまま手を伸ばす。そして、サクリの顔を上げさせたと思えば、そのまま胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「何を、、、、」
「何を? 私は今、怒っています。貴殿がここで死のうとしている事に」
「先ほども言った通りだ。私の価値は、もうない。ここで死ぬのが適当であろう」
「卑怯な真似をするな!」
ショルツの怒鳴り声が部屋に響き、胸ぐらを掴まれたままのサクリは苦しそうにしながら怪訝な顔をして、聞き返す。
「卑怯?」
「ああ。ここで死ぬのは卑怯であろう。違うか?」
そのように言いながら、ゆっくりとサクリを下ろすショルツ。
「、、、、話が読めんな」
「私はただ、負けた責任をとれ、そう言っているのです」
ショルツの言葉にサクリは益々眉根を寄せる。
「だからこうして我が命を、、、、」
「そうではありません。この戦いは貴殿と兄上、そしてその者らに迎合する正導会の者達が始めたものだ。なら、敗北した今、教皇猊下の、そしてリフレアの民達を守るために、貴殿らが責任を持って終わらせなければならない」
「私の言うことを兄上達が聞くとは、、、、」
「聞く、聞かぬの問題ではない! やらねばならぬのだ! それが戦を始めた者の責務。ここで簡単に命を捨てるつもりがあるのであれば、貴殿の命を賭けてでも、降伏の道筋を切り開いてもらう!」
ショルツの言葉に、サクリは目を閉じ、噛み締めるように呟いた。
「始めた者の責務、、、、、」
サクリの返事を聞かずに、ショルツは続ける。
「馬は用意してあります。すぐに離脱し、宗都へ向かうが宜しい。この戦場の決着がついたとて、ルデクの兵士どもの被害も決して小さくはない。攻め寄せるまでに数日は猶予を得られるでしょう」
「いや、私の騎乗技術は一般兵以下だ。ルデクの兵が見逃すとは思えぬ」
「、、、我々が、ここで最後まで戦います」
「ショルツ殿?」
「勘違いしないでいただきたい。貴殿のためではありません。貴殿が正導会の者どもを説得し、降伏させ、我が国の民を助ける時間を稼ぐために、ここに残るのです。ムナール殿」
ショルツに呼びかけられて、ムナールは初めて「なんだ?」と口を開く。
「貴殿はサクリを宗都まで守っていただく」
「なぜ、貴公から命令されなければならんのだ?」
ここまでのやり取りを見て、なお、そのような返事を返してくるムナールに、ショルツは怒りを通り越して笑ってしまう。
それから身体をムナールに向き直り、しっかりと腰を折って、頭を下げた。
「いったい、、、何を、、、!?」
ムナールが動じるのも無理はない。強制もされないのに、彼に頭を下げるような貴人は存在しなかったのだから。
「頼む。私はこの国の民を、せめて一人でも多く救いたいのだ。どうか、私の頼みを聞いてほしい」
ムナールは彼にしては珍しく目を泳がせてから、ため息を吐く。
「、、、、分かった。どの道俺はサクリに付いていなくてはならないからな」
「、、、感謝する」
こうして叩き出すようにサクリとムナールを砦から追い出したショルツは、槍を握ると再び馬上の人となる。ルデクの武人との”約束”を守るために。
この日、国家成立より連綿と歴史を紡いできた、伝統のリフレア聖騎士団は、この世界から消え去った。
のちの歴史書に刻まれた、討死した主な者達。その中には、聖騎士団の中でも名高き指揮官に与えられる、”五席"の将の名前も並んだ。
その内の一人であるショルツの名は、たった一行の説明文とともに、ひっそりと悠久の時を刻んでゆく。
曰く、「猛将ザックハートと一騎打ちの末、これに討たれる」と。