【第334話】フェマスの大戦20 年の功
ホックさんの怒号は壁のこちら側まで轟いた。
それを聞いた僕の心に、安堵と心配がいり混じった感情が流れ込む。
状況は分からないけれど、とにかくラピリアは生きている。けれど、怪我をしているらしい。怪我の度合いはどのくらいなのか? ホックさんがあれほど怒っているのも気になる。
気になるといえば、先ほどおかしな場所で立ち昇った黒煙。あれは一体なんなのか? 未だに煙は勢いよく天へと吸い込まれている。サクリがまた新しい罠を発動させたのだろうか?
「ロアよ! ラピリアが無事だと分かったからと言って、ぼんやりするでない! 気を抜くにはまだ早いのだぞ!」
東の壁の前から僕を叱咤するのはザックハート様だ。僕がいる場所まで少し距離があるのに、どんな視力しているんだ、あの人。
今僕らはザックハート様の指示に従って、東の壁を打ち崩そうとしている最中だ。
僕らはザックハート様がやってくるまで、闇雲に壁に向かって巨大弓の矢を撃ち込んでいた。けれど壁は思った以上に堅牢で、中々突き崩せずにいた。
「それではどれだけ掛かっても壁を崩せんぞ」
焦る僕の前でのんびりと言い放つザックハート様に、最初は食ってかかろうとした僕だったけれど、その表情は口調とは裏腹に非常に厳しいものだった。
思えば、ザックハート様の第三騎士団は中央の戦いで甚大な被害を被っているのだ。帰ってこれなかった同胞も多くいる。
まさに怒髪天をつくほどの形相でありながら、口調だけはゆったりしているのは、もはや恐怖さえ感じさせた。
「少し撃つのを止めよ」
ザックハート様の有無を言わさぬ雰囲気に、フレインもすぐに巨大弓の稼働を停止させる。
巨大弓の停止を確認したザックハート様は「これからワシが壁を調べる。ここ、と指示した場所を撃て。良いな?」と宣言。
「、、、それで壁を崩せるのですか?」
僕の言葉に「まあ、年の功だ」とだけ言って、ザックハート様は壁際へ。しばらく壁を見聞して、「まずはこの辺りに撃ち込めい!」と指示を出す。
僕らは半信半疑のまま、巨大弓を操る兵に、指定された場所を狙うように指示を出す。そして巨矢を撃ち込んでみれば。。。。
「ヒビが入った!」
思わず叫んでしまうくらい、壁に見て分かるほどの大きな亀裂が入った。
「次はここだ!!」
ザックハート様の指し示した場所を僕らは急ぎ狙い始める。
こうして、ザックハート様のおかげで一気に壁の耐久を削ってゆく中での、ホックさんの怒声である。
「呆けてはいません! 次はどこですか!」
本当はちょっと気が抜けてしまっていたけれど、ザックハート様の大声に負けじと言い返して次の指示を待つ。
そんなことを繰り返すことしばし。
未だ、壁の向こうでは戦いの音が響いている。実際まだ気を抜いて良い時間ではない。
「うむ! こんなもので良いだろう!」
そう言いながらザックハート様は壁の方を向くと、大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間、ホックさんの怒声にも負けない音量で「これより壁が崩れるぞ!!! 壁向こうの同胞たちよ! 壁から離れるが良い!!」と呼びかけた。
そうして自身も少し離れると、常人では持つことも困難な、巨大な愛槍を振りかぶる。
「ぬうん!!!!」
巨大弓と同じような勢いで壁に突き刺さる槍。そして槍が刺さった場所を中心に、一気に亀裂が大きくなると、ゆっくりと北側へ倒れながら大きく崩れ始めた。
「、、、凄まじいな、、、」
何回も巨大弓を撃ち込んだ後とはいえ、リュゼルが呆れた声を出すのも分かる。全てが規格外の人だ。
とはいえ、ついに壁は崩れた。
「すぐに突撃の準備をする! 瓦礫を乗り越え! 壁の向こうへ突き進め!!」
僕の掛け声に応じて、フレイン中隊と第三騎士団は、一斉に崩れた壁へと殺到したのである。
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「ラピリア!!」
僕が瓦礫を乗り越えた頃には、周辺に立っている敵兵は皆無という状況になっていた。だが、倒れている敵兵の数を見れば、どれだけの激戦であったかは聞くまでもない。
「ロア! ごめん! 油断した!」
僕に駆け寄るラピリアの左腕が力無く垂れ下がっている。
「腕、大丈夫なのかい?」
「ちょっと深く傷ついたみたい。けど血は止まってるし、指の感覚はある。多分大丈夫よ」
止血している布は真っ赤だ。大丈夫なことはないだろう。けれど表情は思ったよりも元気そうでホッとする。本当に良かった。
「ごめんなさい、ロア、アタシたちがもう少し早く来ていれば、、、」謝罪の言葉を口にしながら近づいてくるホックさん。
「いえ、そんな、、、、っ!!」
言いながら、僕は言葉に詰まる。ホックさんを始め、第二騎士団の面々は誰も彼も傷だらけだったのだ。中には馬を失ったと思われる兵士も少なからずいた。
「、、、、第二騎士団は大丈夫なのですか?」
「一筋縄では行かない相手よね。援軍が川を回ってくる事を読んで、実にいやらしい罠や伏兵を配置してくれていたわ。そのせいで遅れてしまった、、、」
悔しそうにするホックさんに、ラピリアが「とんでもない! ニーズホック様たちが来てくれなければ、私たちは間違いなく全滅していました」と感謝を伝える。
実際に、孤立した部隊で生き残ったのは三分の一を切っていた。その事実に改めてゾッとし、同時に倒れた同胞の死を悼んだ。
いっときの黙祷ののち、気持ちを切り替える。
「それで、状況は?」
「壁が崩れた段階で、リフレア兵は退き始めたわ。アタシたちが来た時は相当数の兵士がいたように見えたけれど、、、、」
ホックさんの話では、結構な兵数が西へと退いて行ったという。まだまだ向こうにも余力がありそうだ。
「あの煙は?」
その質問に答えたのはラピリア。
「分からない。けれど、煙が上がったら敵が動揺したし、包囲していた人数が減ったわ。多分、リフレアにも予想外の出来事が起きたんだと思う」
、、、、予想外の出来事? うちにも何をしでかすか分からない人材はいるけど、、、
とある双子の顔が脳裏をよぎった直後である。
「あの、向こうから敵兵? の姿が、、、しかし人数が、、、」
警戒をしていた兵士が、何やら困惑気味に報告を持ち込んできた。
その兵士が指差す方に視線を向けると、
なんだか見覚えがあるような気がする3つの人影が、こちらへ近づいてくるのが見えたのである。