【第330話】フェマスの大戦16 恩義
呆然とする僕らの前で、壁の向こうへと進む道は完全に潰えた。
「、、、い、急ぎ瓦礫の撤去を!!」
いち早く気持ちを切り替えた小隊の指揮官が命じる。だが時を同じくして、元の姿を表した中央の砦からいくつもの樽が投げ込まれた。
樽は瓦礫に近づくルデク兵の手前で弾け、液体を撒き散らす。
「あれは! 燃える水か!? おい! 退け! 退け! 燃えるぞ!!」
リュゼルがすぐに危険を察知し兵士を退かせたため、幸いにして兵士への被害はなかった。
けれど、放たれた火矢によって砦の前から瓦礫周辺は炎に包まれ、到底瓦礫の撤去や通り抜けは不可能だ。
液体は砦のある山の周りにも撒かれ、次々に炎が上がってゆく。
「ちっ! 瓦礫の山は通れんぞ、、、どうする? ロア、、、おい、ロア?」
僕は燃え盛る炎を見ながらただ、佇んでいた。頭の中が真っ白になって何も考えられない。自分の浅慮さと後悔だけが渦巻いている。
最初からサクリはこれを狙っていたのだ。兵数では寡兵のルデクを叩くために、サクリは包囲してすり潰すのではなく、分断を選択した。
思えば、中央に火を放って西側を孤立させたりと、その萌芽はあった。壁を利用した包囲網と決めつけた僕の失態だ。
ここまで入念に用意をしていたのなら、壁の向こうは必ず大軍を潜ませている。ラピリア達は3千そこらの兵にすぎない。例え一個の実力はあっても、大軍を受け止め切るような兵数ではない。
不意に、レイズ様の最期の記憶が頭をよぎる。
手の震えが止まらない。
誰かが僕を呼んでいる気がするけれど、よく聞き取れない。
ラピリアが、レイズ様のように?
それは、嫌だ!
パアン!!
僕の両頬に弾けるような音と共に、衝撃が走る。
ハッとして見れば、目の前にはホックさんの顔があった。
「ロア! いい加減になさい! 貴方、ラピリアを見捨てる気なの!?」
ホックさんに怒鳴られて、僕はようやく我に返る。
「そんなことはさせません。すぐに救援に向かいます。どうすれば、、、そうだ、崖を下って壁の向こうに回って救援に。フレイン、馬を置いて僕と一緒に崖を下ってくれる兵士を、、、」
そこまで言ったところで、僕の頬は再び強く叩かれる。
「落ち着きなさい。大将である貴方が敵の罠の最中に突っ込んでいってどうするのよ」
「けれど、今はそれしか方法が、、、、」
火の及んでいない場所の塁壁を破壊する方法もあるけれど、時間がかかりすぎる。絶対に間に合わない。東端にある砦には、こちら側から出入りできる入り口はない。最初から分断を目的としているのなら、当然だろう。
「安心なさい。ラピリアはアタシたちが助けるわ」
「、、、、ホックさんたちが? けど、ホックさんたちは、、、、」
気持ちはありがたいけれど、第二騎士団は騎乗してこその強さだ。
先ほどの敵の奇襲部隊のことを思い返せば、ここは崖に張り付くように、歩兵部隊で降りてゆくしかないように思う。
馬を降りた第二騎士団に怖さはない。わざわざ弱体化させた兵を回すのは愚策。それよりは、同じ騎馬部隊でも元歩兵の多いフレインの部隊から人を出した方が良い。
「騎馬で行くわよ? もちろん」
僕の懸念を読み取ったように、ホックさんはこともなげに言う。
「それは、、、」
「無理じゃないわ。さっき、騒ぎに慌てた鹿が川から崖を駆け上がっていくのが見えた。上がって行ったってことは、降りてきたってことよ。鹿にできることを、馬ができない道理はないわ」
ホックさんほどの名手であれば、あるいは可能かもしれないけれど、無茶であることには変わりはない。それに、苦労して反対側に回ったところに待っているのは間違いなく、死地だ。
頼んで良いのか、僕は、迷う。
「迷っている暇はないのよ、ロア、今こうしている間にも、ラピリア達に危機が迫っているんだから」
「、、、、頼って、、、、良いのですか?」
僕は、それでも聞かずにはいられなかった。
僕の問いに答えたのは、ホックさんの隣にいたレゾールさん。
「言ったでしょう? 我々は貴殿の命令なら、必ず受け入れる、と。ここで少しでも、貴殿への恩を返させて頂きたい」
「ホックさん、、、、レゾールさん、、、」
正直、ラピリアの救出は無理だと思っていた、、、でも僕には、頼りになる仲間が、こんなにいる。
「お願いします。僕らは巨大弓を使って壁を破壊して、必ず助けに向かいます。それまで、、、必ず、必ず生き残ってください」
「ええ。もちろんそのつもりよ。せっかく助けてもらった命、無駄にするつもりはないわ」
そんな風に軽口を叩いたホックさんは、第二騎士団に向き直り、命じる。
「これより先、第二騎士団の意地と誇りをかけて進軍するわよ!! 覚悟して付いてらっしゃい!!」
「「「「はっ!!!」」」」
威勢の良い返事と共に、第二騎士団は崖へと消えていったのであった。
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西側の戦いは徐々にではあるが、第七騎士団優勢へと傾きつつある。双子が背後を突いたことも大きい。そんな中で、中央砦付近で響いた轟音。
「今度はなんだ!!」
歯を剥き出しにしながら周辺の敵を屠っていたトールが叫ぶ。
「どうやら中央砦の瓦礫が崩れたようです!」トールのすぐそばで、馬上から音の方を確認したレノアが答える。
「瓦礫が? それがどうしたと言うのだ!?」
「分かりません。トール様、前!」
よそ見をしたトールに斬りかかる敵兵を、槍でひと突きするレノア。
戦況は優勢ではあるが、他のことを考える余裕はない。
だから、そんな混乱の戦場から消えた者のことなど、誰も気にも留めなかったのである。




