【第327話】フェマスの大戦13 戦況
本隊への奇襲騒動が落ち着く間もなく、僕の元には矢継ぎ早に伝令が駆け込んでくる。
レニーの状態も気になるけれど、今の僕にはレニーを気遣う時間を取ることは許されない。早々に場を整え、伝令兵のもたらした報告に耳を傾ける。
最初にやってきたのは第三騎士団からだ。表情は厳しい。
「ザックハート様より伝達です! 我が軍は持ち場の大半を燃える水による炎で包まれ、被害甚大! 一度退いて体制を立て直しておりますが、再度の進軍には時間がかかります!」
燃える水? なんだろう? 僕の知る未来でもあまり聞き覚えがない。だけどあの黒煙の上がり方を見れば、尋常ではない代物だというのは理解できる。
「それで、ザックハート様は?」
「団長は無事です! いち早く危険地帯から脱出なさいました!」
僕はほっと胸を撫で下ろす。流石ザックハート様だ。あの人が無事なら、第三騎士団の立て直しは難しくないだろう。と言っても被害が大きい以上、一度こちらに収容した方がいいかな。
そうなると西側の第七騎士団が孤立する恐れがある、、、向こうはどうなっているのか知りたい。サザビーに足を運んでもらおうか? サザビーなら問題なく確認して戻ってきてくれると思うし。
そんなことを考えてサザビーと相談を始めた直後、シャリス隊からも伝令がやってきた。同時に、双子からも。
シャリス隊からは「我々の背後を突こうとした敵兵と交戦を開始! 今のところ優勢ですが、炎と煙で第七騎士団との連携が難しくなっています!」と。
双子の方は「ユイゼスト、メイゼスト様より、「このまま進んで良いか聞いてこい」との由!」であった。
双子は出立前、西の山沿いを指して、
「あの辺が楽しそうだ」
「私たちにやらせろ」
というので許可を出した。実際に山の中には多数の敵兵が潜んでいるのは容易に想像できる。双子の嗅覚に任せて、各個撃破を期待してのものだ。双子なら危なくなったらさっさと逃げるだろう。
僕はまず双子から来た伝令に「ユイメイはまだ交戦していない?」と確認。
「いえ、恐らく後詰に残っていたと思われる小部隊と干戈を交えましたが、早々に蹴散らしました。その直後に黒煙が。両名が「あれは割とまずそうだ」と言って、ロア殿に指示を仰いで来いとのことでした、、、それから、、、」
「それから?」
伝令は少し迷ってから、困ったように口にする。
「両名は「このまま進ませろ」とも」と。
緊迫した状況であるけれど、少し笑ってしまった。双子としては進みたいけれど、一応指揮官である僕に気を遣ってくれたらしい。
「、、、双子が戦ったのは、シャリス隊と交戦中の敵の支援部隊だと思うけれど、どうかな?」
僕が周囲に意見を求めると、「その可能性が高いわね」とラピリアが真っ先に賛同を示す。他の将兵も概ね同じ意見だ。
「それで、シャリス隊は今戦っている相手には勝てそうなんだよね?」
「はい。恐らく問題なく」
後詰は双子が上手いこと潰してくれたのなら、シャリス隊は気兼ねなく第七騎士団の援護に回せそうだな。よし、、、それなら。
「敵の軍が多く潜めるってことは、獣道もしっかりしているはずだ。ユイメイには本人たちの希望通り、行けるところまで山中を進んで、無理と判断したら第七騎士団に合流して。合流後は状況次第でこちらに戻ってきてくれても構わない」
「畏まりました!」双子の伝令は急ぎ部隊へ戻って行く。
「シャリス隊も敵兵を蹴散らし次第、第七騎士団の援護に向かって欲しい。敵は燃える水の様なものを使っているらしいから、液体にはくれぐれも注意してと伝えて」
「はっ!」
シャリス隊の伝令も戻ろうとするところへ、第三騎士団の伝令が「お持ちください!」と割って入ってきた。
「恐らくですが、燃える水は鼻を突くような刺激臭が致します! おかしな匂いがしたら、すぐに退避を!」
それは貴重な情報だ。あ、しまった。双子にも伝えておくべきだったな。そんな僕の意を汲んだのか、サザビーが「俺は先ほど話していた通り、双子に合流しようと思いますが良いですか? 今の話も伝えたいですし」と申し出てくれる。
「頼めるかい?」
「もちろんですよ」
「じゃあ、任せるよ。それからシャリス隊からは第七騎士団にも今の情報を知らせてほしい」
「わかりました! では!」
今度こそ駆けて行くシャリス隊の伝令を見送り、今度は第三騎士団だ。
「第三騎士団は一度ここまで退げよう。どの道、火の勢いが弱まるまでは中央は動けない。怪我人はこちらで手当てを。その上で、今後の布陣はザックハート様と相談する」
「承知しました! では早速、第三騎士団を本隊へ!」
こうして一通りの指示を終え、今こそレニーの状態確認を、と思ったところで、再び伝令兵。今度はフレインからだ。
「東の砦周辺にいた敵兵が、撤退の動きを見せています!!」
それは戦いが始まってから、もしかしたら初めての朗報かもしれない。
フレインの知らせは、戦況を動かす一手となるかどうか、、、、考えろ。
元々東側は地形的に手薄になるであろうというのは予測できた。その上、懸念材料だった奇襲はすでに起きている。
もういないと油断させて、さらに奇襲、という可能性もあるけれど、先ほどの感じだと、この崖は奇襲には思った以上に向いていないと判断して良い。
東側に出張っていた兵は、中央の砦と壁の合間から壁の向こうへ逃げ始めているという。こちらも追撃すべきではないか?
けれど当然、壁の向こうにはこちらを待ち構えている敵がいるはず。そうすると第二騎士団とフレイン隊だけでは、兵数的に心許ない。
なら、、、、
「、、、、ヴィオラさん」
「なんでしょうか?」
第10騎士団でも古参中の古参である部隊長。この人なら、後を任せられるだろう。
「ヴィオラさんの部隊は、ジュドさんやルファ、医療兵と共に、ここに止まり第三騎士団の手当てに回ってもらえますか?」
「副団長殿はどうされるのだ?」
「進軍します」
ヴィオラさんは渋い顔をする。
「以前にも申し上げたが、大将は安易に前線に出るべきでは、、、」
「分かっています。けれど同時に、ここで閉じこもって、みすみす勝機を逃すつもりもありません。僕は後方支援の役割を担うつもりです。必要以上に前線にでることはしない。ここで手薄になった東側を確実に押さえることができれば、戦況が動きます」
「、、、、」
「それと、この場所にはそれほど時を置かずザックハート様達がやってくる。第三騎士団の再編成が終われば、僕らと交代してもいい」
僕の説得にヴィオラさんはため息を吐く。
「勝機と見れば平気で無茶をしようとする、、、、そんなところまでレイズ様に似なくてもよろしい。だが、命令承った。くれぐれも無理せぬように」
「ありがとう。あとは頼みます。ルファも、レニーや、傷ついて戻ってきた味方を、頼んだよ」
「任せて! 気をつけてね!」
ルファの力強い返事に、僕は少し勇気をもらう。そのままラピリアとウィックハルト、本隊所属のカプリア部隊長に目配せ。
そして、「本隊は進軍する! 準備を!!」と、力を込めて宣言するのだった。