【第323話】フェマスの大戦⑨ 東部攻防戦
時は少し遡り、開戦直後のルデク本陣のこと。
僕は戦場東側の後方で、戦況を見守っていた。ここには第10騎士団本隊とラピリア隊が留まっている。
本隊の内、双子の遊撃隊だけは既に出撃済み。双子に関しては基本的な戦略だけ預けて送り出した。あとは2人の嗅覚で戦場を駆け巡ってくれれば良い。
シャリス中隊は第七騎士団の後詰めに付けてある、東側を攻めているのは第二騎士団とフレイン中隊だ。ラピリア中隊は状況に応じて動いてもらうために、この場で待機していた。
暫くしてザックハート様が敵と激突したとの報告が入る。
「やっぱり、中央からね」
ラピリアの言葉に黙って頷く。今回の戦い、どう考えても僕らに少なくない被害が出るだろう。それを思えば、自然と表情が固くなってしまう。
「ロアお兄ちゃん、、じゃなくって、ロア副騎士団長!」
「どうしたの? ルファ?」
同じ陣幕にいたルファが、畏まった様子で僕の前に立つと、「もう少し肩の力を抜いた方がいいと思うよ、、思います!」と自分でもニコリと笑う。
それを見たラピリアとウィックハルト、それにレニーも吹き出した。
「ルファの言うことは尤もです。今、ロア殿がそのように難しい顔をしても、敵が退くわけではありません」ウィックハルトが同意すれば、「ロアはいつものようにのほほんとしていれば良いのよ」とラピリアも茶化す。
2人ともこの戦いが厳しくなるのはわかっているはずだ。それでもこの余裕。積み重ねてきた経験が違うなぁ。
「、、、、、そうだね。ありがとうルファ。少し楽になったよ」
ルファにお礼を伝えつつ、僕は用意されていたお茶を飲もうと、カップを手にする。そこで初めて、自分の手が震えていることに気がついた。
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東側の攻防は、終始ルデク側の優勢に進んでいた。
理由は単純。中央や西に比べ、敵の防御が手薄であったが故だ。大きな要因は東の山沿いを流れる川と、その川が削った崖にある。
崖のおかげで、リフレア兵が数を傘にして東の山から横腹を突くような戦い方ができない。必然、戦いは正面切っての戦いとなっていた。
そして平地で正面からぶつかり合えば、ルデクの騎士団の中でも屈指の破壊力を誇る第二騎士団の独壇場だ。
ぐんぐんと押し込んでる最中、中央の方に異常が発生する。ニーズホックが視線を走らせれば、中央で瞬く間に炎が吹き上がってゆく様が見える。
「火計? それにしては火の巡りが早すぎるわね? 一体何が起きているのかしら?」
「救援に向かいますか?」並走していたレゾールの問いに、ニーズホックはしばし考え、頭を振った。
「いいえ、東側の攻略を優先するわ。今中央に行っても、あの炎の中では馬は力を出せない。それよりは東部の制圧を優先した方がいい。任されたのはあのザックハートよ。自分たちで最低限はなんとかすると信じましょう」
「はっ。幸い風も西に向かって吹いているようです。こちらに火が回る可能性はなさそうですね」
「でも同じような仕掛けがあるかもしれない。警戒は怠らないで」
徐々に東の砦が近づいてきて、先ほどより抵抗が激しくなる。
ニーズホックは適度な距離まで来ると、そこで一旦進軍を止めた。
「さあ、ここで暫く時間を稼ぐわ。と言っても、フレイン達もすぐに来るでしょうけれど」
ニーズホックが言った通り、さして待たずにフレインとリュゼルがやってきた。
「すみません、遅くなりました」
遅れを詫びるフレインを、ニーズホックは手で制する。
「いえ、あんなものを引いてくれば、時間がかかるのは当然よ」
ニーズホックの視線の先には、フレイン達が引っ張ってきた大がかりな兵器が並んでいる。
ホッケハルンの戦いに参加していたリフレア兵から、後に悪魔の雷などと呼ばれることになった巨大弓であった。
巨大弓もまたドリューのたゆまぬ改良によって、車輪をつけた移動式に進化していた。これは以前からロアがドリューに頼んでいたものである。
何度かの検証の後、人に向けるのも良いが、砦を破壊するのに役に立つのではないか? という意見が出たため、今回は攻城兵器として持ってきたのだ。
用意出来たのは20機。
ただ、巨大弓は本体もさることながら、持って来れる矢の数が限られている。
ロアからは「とりあえず撃ち尽くしてリフレア側を混乱させることが出来たら、あとは放っておいても良い」と言われているが、折角なので効果的に使いたいものだ。
だがまずはその威力を確認したい。
「巨大弓、用意せよ!」
フレインの命令で、いよいよ巨大弓が最前線に押し出された。
「撃て!!」
20機の巨大弓から撃ち出された巨矢は、轟音と共に次々に砦や塁壁に突き刺さる。同時に起こる、リフレア兵の悲鳴。
兵達に当たったわけではない。だが、ホッケハルンの恐怖を呼び覚ますには十分な一撃。
「あと数発は放つ。場合によってはそれだけでこの辺りの決着はつくかもしれんな」
フレインの言葉の通り、東のリフレア守備兵は急速に士気が下がっていっているように感じられた。
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「さて、そろそろか?」
「ああ、しかし良いのか、向こうは放っておいて」
「良いのか、とは?」
「、、、、、、まあいい、なんでもない」
ルデク側の誰も知らぬ場所で、サクリの新たな罠が蠢いているのだった。