【第322話】フェマスの大戦⑧ 窮地の第七騎士団
「少し、数が多いですね」
最新式の十騎士弓に次々と矢をつがえては放ち、近づいてきた兵には槍を見舞う。
ひたすらにその行動を繰り返しながら、カペラはうんざりしたように愚痴をこぼす。
この十騎士弓(改)は、ロアの手元にも数のない代物であったが、カペラ、レノア、ワクナのために、トールがロアに頼み込んで、3つだけ融通してもらったものだ。
三者三様に槍の腕には自信があるが、それでも十騎士弓の利便性は目を見張るものがあった。
片手で取り回せる程度には軽く、一度矢をセットすれば最大で3連続で放つことができる。必要に応じて、3矢をまとめて撃つ事も可能だった。
また、矢の充填も三本ひとまとめになった専用矢箱をはめ込むだけ。撃ち放ったあとは、大きく振ってやれば、矢をまとめていた拘束具は簡単に外れてくれる。
もちろん普通の矢もつがえることができるため、専用の矢がなくても使用できるように工夫されていた。
時間があれば黙々と改良を繰り返していたドリューの、現時点でできうる限りの自信作である。
愛馬の腰に据えられた専用の矢は、瞬く間にその数を減らしてゆく。カペラが矢を無駄撃ちしているわけではない。それほどまでに敵の数が多いのだ。
トールは第七騎士団の中央付近にいて指揮を執っていたが、そんなところまで多くの敵兵が入り込んできている。
「後方にいる第10騎士団の様子はどうかしら!?」
同じように敵を屠りながら、レノアが背後を見た。
第七騎士団の後詰として、第10騎士団よりシャリス隊が派遣されている。現在は敵に背後を取られるのを避けるために最後方にあって、様子を窺っていたはずだ。
しかし今振り返ったところで、後方は煙に包まれており、状況が分からない。それどころか煙は西に向かって流れてきて、第七騎士団は煙と敵に挟まれる格好となっている。
「無事であっても、援軍は難しいでしょうね」ワクナがまた一人敵兵を倒しながら、ため息をつく。これほどの数だ。当然、背後のシャリス隊も襲われているに違いない。
状況は非常に厳しいが、そんな中元気いっぱいの猛者が一人。
「おお、おお、まだ来るか。それ、俺はここだぞ! まずは俺を狙わぬか!」
嬉々として敵兵を迎え撃つのはトールだ。
「馬に乗っていては動きづらい」というなり下馬して、目についた敵の下へ駆け寄っては斬り捨て、駆け寄っては斬り捨てを繰り返す。
本来であれば馬上の方が優位なはずなのだが、トールにとっては全く関係がないようだ、騎馬が寄せてくると、腰を低く落として騎馬の足を狙い、人馬ともに転がしたりしている。
トールは闇雲に動いているわけではない。苦戦している場所を見分けて、その場所に走り寄ってゆく。
トールが敵を討ち果たせば、周辺の味方が盛り上がる。そんな風にして第七騎士団の士気を下げぬようにやりくりしていた。
半ば孤立した第七騎士団が、善戦していることは間違いない。
だが、相手は倍程もありそうなリフレア兵だ。時間と共に徐々に状況は劣勢に押し込まれてゆく。
「困ったわね、、、」ワクナがこぼしたところで、背後から歓声が聞こえた。
声をの方を見れば、煙をかき分けるようにして、シャリス隊の旗印が次々と躍り出てくる。
「おお! 遅いぞ!」
ようやくトールのすぐ近くまでやってきたシャリスが「申し訳ない! 背後を狙う敵を蹴散らすのに時間がかかりました!」と煤の付いた頬を拭いながら簡単に詫びる。
シャリス隊がやってきたと言うことは、背後の安全は確保できた。トールはそのように判断した。
「さてでは、どうする? 下がれるなら、一度下がるか?」
いくらトールといえども、体力は無尽蔵ではない。兵士の疲労も考えれば、この辺りで一度態勢を立て直した方が良い。シャリス隊がやってきたことで、敵を牽制しながら下がるのも不可能ではなくなってきた。
しかしシャリスは首を振る。
「副団長より伝言を受けています!」
「ロアから?」
「厳しいとは思いますが、とにかく山に向かって前進してくださいとのことです」
「おいおい、見ての通り、山側はまだ馬鹿みたいに敵がいるぞ」
「ロア殿から、「トール将軍ならできると思う」とも」
その言葉を聞いて、一瞬きょとんとしてから、トールは不敵に笑う。
「面白い。ロアは俺たちに死にに行け、そう言っているのか」
「いえ、決して、そんな」
シャリスが否定しようとすると、トールは手でそれを制する。
「俺も大概だとは思うが、あの軍師殿はさらにいかれていやがるな。いいぜ、乗ってやる。当然お前も来るんだろうな、シャリス」
「無論です」
「ならいい。おい、お前ら! 遮二無二前に進め! 敵は全て叩き潰せ! 腕をやられたら足で、足をやられたら歯で! 奴らに第七騎士団の強さを見せつけてやれ!」
「応!!」
シャリス隊が援軍に来たことで、多少なりとも息を吹き返した第七騎士団。
僅かばかり押し返し始め、戦況は膠着する。
「おお、シャリスもだが、お前もやるな! 今度手合わせしよう!」
「左様ですな! ルデクに帰ったら是非に!」
トールとそのような会話を交わしながら、次々と敵兵を串刺してゆくのはグリーズだ。
そのままどの位の時間が経過しただろうか?
山から人が、飛んできた。
比喩ではない。人が次々と宙を舞う異様な光景に、トール達のみならず、リフレア兵達の手も一瞬止まる。
「ようやく来ましたか、、、、」
シャリスだけが、ホッと息を吐いた。
「おらおらおらおら!!!!!」
「どらどらどらどら!!!!!」
斜面から敵を蹴散らしながら現れたのは重装騎士団だ。先頭は確認しなくても分かる。双子である。
「おいおい、ありゃ双子じゃねえか。どうやって山から?」
トールの独り言に近い言葉に、槍を奮いながらシャリスが答える。
「ロア殿曰く、野盗がねぐらにしているくらいなら、獣道もしっかりしているはずだ、と」
「シャリス、それならそれで言っておけ!」
「いえ、もしもユイメイ達が来られなければ、かえって士気を下げかねませんので」
さらりと言うシャリスに、トールは苦い顔をする。
「、、、、お前、ロアの部下になってから、多分性格悪くなった気がするぞ!」
「そうですか? さあ、おしゃべりは終わりです! 行きますよ!」
フェマス西側の戦いは、大きな山場を迎えようとしていた。