【第318話】フェマスの大戦④ 対陣
「おーおー、おるわおるわ」
まるで物見遊山のような余裕を見せながら、リフレアの兵を眺めるザックハート様。
現役のルデクの将軍で最も戦場の経験を備えたこの人だから出せる、気負いを一切感じさせない自然体の仕草である。
敵地フェマスに踏み込んだ僕ら。
すでに、しっかりと布陣を完了したリフレア軍が待ち受けていた。まあ、ここまでは予想通り。
僕らも敵を警戒しつつ陣を敷く。そんな慌ただしい時間の中で、各騎士団長を呼び寄せたのは、開戦前最後の打ち合わせと、実際の状況の相違のすり合わせのためだ。
「やっぱり出てきたわねぇ」
ザックハート様の隣に並んで敵を眺めるホックさんの言うとおり。僕らの想定内の動きを見せている。
オークルの砦で忌憚なく意見を交わし、リフレアの動きを考えた結果。僕らが考えうる、可能性が高い展開は2つに絞られた。
まず、ルデク対策として新たに造られた砦と壁は籠城のためではないと定めた。
籠城するのであれば中途半端な砦もいくつも作るよりは、元々あった中央の山砦を拡充した方が良い。巨大な砦を作って、そこから壁を伸ばすなら分かるけれど。
とすれば、これらの新しい砦はあくまで補助的な役割。
なら、なんのために造ったのか。僕らの進軍を押し留める”蓋”と考えられた。フェマスは地形そのものが防衛に適した場所だ。ここでルデクを確実に足止めするための、蓋。
砦と壁を蓋と仮定した場合、僕らを破るために最も有効な方法として最初に考えられたのが、ルデク側の街道を封鎖する事。
つまり僕らが全軍フェマスに足を踏み入れた段階で、リフレアはルデク側の街道へ大軍を投入。僕らの退路を断つ。
ルデク側に逃げ道がなければ、僕らは北へ進むしかない。けれど、北に向かえば壁で足止めされて挟み撃ちだ。
壁側は兵を薄くしておいても良い。壁は中央砦のあたりで切れているから、僕らはその隙間を突破しようとするだろう。
で、仮に無事通過できたとしても、壁の向こう側で待ち構えていたリフレア兵に各個撃破される、と。
ただ、この作戦には大きな難点がある。僕らがリフレア側に進むしかないほどの大軍を、どのようにして僕らの背後に出現させるのか。
相手はあのサクリだ。何かしらの手を打ってくるかもしれないが。それにしたって難しいように思う。
それともう一つ、この策の場合、逃げ道のない僕らは遮二無二前進することになる。必然的にリフレア側の被害も大きくなるのだ。
リフレア側に立って考えるのであれば、適度なところで僕らを敗走させて、背後を追い立てながらルデク領へ乱入した方が良い。そのためには、自軍の被害は抑えたいところだ。
次に浮かんだ案が、僕らを完全包囲するために壁を作ったと言う考え。つまり、壁は包囲に足りない兵士の代わりを担うということだ。
元より僕らの出陣が分かれば、布陣の方はリフレアの方が早い。ぐるりと囲んだ山に部隊を配置して、僕らを完全包囲して迎え撃つ。
包囲陣は広く部隊を配置するために、個々の兵数が手薄になる、その兵力の不足を補うために、壁を作った。
四方から攻められながら、フェマスを突破するのは難しい。兵力はリフレアの方が勝っていることを考えれば尚更だ。
全方位と戦い、何処かが破られれば、そこから一気に形勢を持っていかれる恐れもあった。
リフレアからすればこの戦い方の方が、確実で損害も少なく済む可能性が高い。結果として僕らはリフレアは包囲網を敷いてくるだろうと言う予測のもと、ここまでやってきた。
そして実際にフェマスに来てみれば、やはり、といった状況であったのである。
山の方にも敵の隊旗がはためいているのが見える。逆に、旗を隠して息を潜めている部隊もいるかもしれない。
展開は予測できた一方で、報告と想定がずれている、現地に来なければ分からない事もあった。まず目につくのは、中央の砦、、、というかもはや砦だった場所だ。
なんと表現したら良いのか、、、砦のあった山には乱雑に瓦礫が積み重なっているように見える。少なくともあの場所に兵士がいたとしても、戦いに参加するのは無理だと思う。
「壁同様に、俺たちの進軍を阻むために、砦の役割を捨てたか」
トール将軍の指摘は、僕を含めた全員が肯定する。あの山を通り抜けるのは無理だ。壁を作る代わりに、瓦礫で塞いだのか。
それと東側の川、これは思ったよりも崖が深く、河原とも渓谷とも言えそうな地形。ここを渡って攻め寄せるのは、結構大変そうである。
あとは壁の強度だけど、、、、こればかりは当たってみないと分からないなぁ。
「うむ。取り敢えずは予定通りで問題無いな」
リフレアの布陣を確認したザックハート様が僕の方を向いて、不敵に笑う。
中央を担当するのはザックハート様が率いる第三騎士団だ。対するは、元第一騎士団の旗がはためいている。
おそらく中央が一番の激戦地になるため、多分、捨て駒の第一騎士団はここだと思っていた、故に、ザックハート様が名乗り出た。
西側の山の敵を引き受けるのは第七騎士団および、第10騎士団の一部を回す。
第七騎士団長のトール様はリフレアからの敵視度合いが頭ひとつ抜けているので、山中の敵をおびき寄せる囮としても適任と、本人が申し出た。
残った東の川側は、第二騎士団と第10騎士団の主力、つまり僕らが請け負う。
狙いは中央及び西側が押し合っている隙に、東の壁を破壊する、もしくは制圧する事。
リフレアを突き崩すなら、山側に布陣しにくく守りにくいこの東側と踏んだ。東の敵を蹴散らして、戦況をこちらへ引き寄せる。
それが、僕ら第10騎士団の役目となる。
あまり雑談をしている状況ではない。予定に大きな変更がないことを確認すると、騎士団長はそれぞれの持ち場へと、急ぎ戻ってゆく。
戦場は互いの思惑を存分に詰め込まれ、いつ破裂してもおかしくないほどに張り詰めていた。