【第316話】フェマスの大戦② 激突の地
今回のお話の途中に、フェマスのざっくりとした地図を載せてあります。ご参考までにご覧頂ければと思います。
なお、実際の戦場と多少ズレがあるかもしれません。単純に作者に絵心がないからです。すみません。
ご了承くださいませ。
第10騎士団がオークルの砦に到着する頃には、すでに第七騎士団もデンバーからやって来ていた。
ここに第10騎士団、第二騎士団、第三騎士団、第七騎士団の遠征部隊が全て揃う。
再会の挨拶もそこそこに、主だった者達はすぐに集まり、軍議の運びとなる。
「まずは、長々とお待たせしてすみません」
そんな僕の謝罪から始まった軍議であるけれど、非難の声は上がらない。いや、厳密には、
「全くだ、いつまで待たせるんだ」
「愛馬に根が生えるところだったぞ」
と、双子が言ったけれど。まさかの身内からの非難である。
双子がそのままふざけそうだったので注意しようとしたところで、「ユイ、メイ」とホックさんが双子にニコリと笑みを見せる。すると双子は途端に大人しくなった。
師匠であるホックさんには、色々と弱みを握られているようだ。
「謝罪には及ばぬ。まあ、結果だけ見ればロアの狙いが正しかったように思う」代表してそのように言ったのはザックハート様。
宣戦布告からおよそ半年という長い期間、何もせずにただリフレアを眺めているばかりというのは、前線で待つ身としたら、いくらなんでも悠長に過ぎる。
本来であればホッケハルンの戦いの後、最速で部隊を整えてリフレアに侵攻するのが常套だ。
けれど、すぐに動いたところで、ルデクとリフレアの兵数差を考慮すると、いいところまでは行けても、おそらく宗都レーゼーンは落とせなかったと思う。
そこからは長期戦、消耗戦の泥沼の戦いになる。ただでさえ大幅な兵力減少の直後だったルデクにおいて、消耗戦は最も避けねばならない選択だった。
そして、リフレアとの戦いが泥沼化すれば、僕が食料確保に奔走することも難しかっただろう。リフレアの戦いに決着がつかぬまま、他の手を満足に打てずに秋を迎えれば、その先にはもはや、地獄しかない。
ザックハート様もそれを分かっているから、”結果だけ見れば”と前置きしたのだ。そしてこの場にいる将官は皆、ザックハート様の言外の意味を理解している。
さすが、各騎士団の中核を担う者達である。本当に頼もしいことだ。
「では、早速軍議を始めます」
僕の合図でウィックハルトがとある地域の地図を広げる。
この場所はフェマスという。
オークルの砦から北へ。三女神の泉を横目に街道沿いにリフレアへ向かうと、しばらくは平坦な森が続く。
そこはかつて、ロア隊が初めての任務で盗賊を片付けに来た辺りだ。
森の先へと進むと、標高の低い山に周囲を囲まれた盆地に出る。ここがフェマス。ルデクから進んだ場合の、リフレア領の入り口である。
盆地の中央にはポツンと独立峰があり、この頂上には砦が一つ建っていた。
独立峰と言っても子供の足でも登れる程度の山で、フェマスの主だった建物は、この砦とさびれた宿場町くらいのものだった。
ルデクからフェマスまでは半日足らず。余程考えなしにルデクを出立しなければ、このあたりはただただ通過するばかりの場所となる。
さらに言えば周辺の山はよく野盗の根城になっているので、好き好んで滞在する者もほとんどいない。
この何もない小さな盆地が、現在はその様相を大きく変えている。
リフレアにとっての、対ルデクの最重要拠点に様変わりしているのである。
危険を顧みずに奔走してくれた第八騎士団の情報によれば、中央の砦には岩や瓦礫が積み重ねられて、防衛力を強化。
さらに中央の砦の東西の平行線上には、山の斜面に差し掛かるあたりにそれぞれ新しい砦が造られ、ルデクを睨んでいる。
特筆すべきはその東西の砦から伸びる塁壁だ。中央の砦に手を伸ばすように長大な壁が造られ、ルデクの兵を通さぬという強い意志を具現化したように行手を阻む。
ところがこの壁、中央砦の手前で途切れており、中央砦の周りだけは通り抜けが可能なようだ。単純にリフレアの兵士が通りやすくしたとも考えられるけれど、少し、いやな感じだ。
「当然だが、周辺の山にも敵兵は布陣するだろうな」
トール将軍が指し示すのは、砦よりも手前にある山中。
「東側はどうでしょう? あまり布陣する意味はないように思いますが?」
ザックハート様の側近、ベイリューズさんが指摘するように、東の山側の山裾には川が流れており、川が大地を削り、崖ができている。
リフレアの兵士が東の山に布陣した場合、ルデクに攻めかかるためには、この崖を降りて河原を渡って来なければならず、いかにも効率が悪い。
「、、、警戒は必要だが、せいぜいが奇襲部隊程度と見ていい」
トール様も同意する。
「しかしまあ、兵数はリフレアの方が多いとすれば、仮に包み込まれたら、、、これは我々の負けであるな」
ザックハート様がふふんと不敵な笑みを見せながら、不穏なことを口にする。
全くその通りだ。はっきり言えば、ここで戦うべきではない。別のルートを探すか、せめて地理的優位を保てる場所へ誘い出すべきだ。
けれどそれができない事情が、僕らにはあった。
まず、大前提として、ルデク領内では戦いたくない。
一時的とはいえリフレアの支配下に置かれたルデク北部に、再度リフレアの兵を招き入れるのは民の大きな不安を招くことになる。
同時に、宣戦布告しておきながら、向こうが攻めてくるのを待つのは、各国に弱腰とも取られかねない。どうあれリフレアの領内でリフレアの部隊を撃破することが肝要なのだ。
ルートの変更も難しい。リフレアには大きな道が少ない。
レイズ様の大遠征のような方法は、あくまで味方の領内を通過するという保険あってのものだ。敵の領地をあのように隊列を長くして進むのは、横っ腹に食いついてくださいと言っているのと同じ。
こちらも大軍を展開でき、かつ、最もルデクに近い場所が、このフェマスとなる。
僕らルデク側の将官はもちろん、リフレアもこの場所を決戦の地と見て対策を取ってきたのは、この要塞化の通りだろう。
ちなみに、旧ゴルベル北部と接する遺跡側からリフレアが大挙して押し寄せる可能性は多分、ない。
これは先日虚報を流してリフレア兵を動かした際に、グランツ様に頼んで偵察に出てもらい確認済み。
フェマス地域には大規模増援があったけれど、遺跡の方は新たに造られた砦への多少の補充のみで、フェマスほどの大きな動きはなかったのである。
つまり、フェマスを制圧できれば、戦況は一気にルデクに傾く。
そして、その逆も然り。
その日僕らは、夜遅くまで、フェマスでの戦いの方策を練るのだった。
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会議が終わり、ようやく今日という日が終わりを迎えそうな時間。
細かな打ち合わせのため、ロアにあてがわれた執務室で、さらに話し合いを続けていた第10騎士団の幹部達。
ロアが「今日はここまでにしよう」と解散を宣言したので、長い一日を終えてそれぞれ退出してゆく。
お茶を入れたり必要な資料を持ってきたりと、手伝いのためにその場にいたレニーも、やれやれと肩の荷を下ろして部屋を出た。
「レニー」
宿舎へ急ぐレニーが呼び止められて振り向くと、そこにはウィックハルトが立っていた。
「どうされました?」
暗がりでウィックハルトの表情はよくわからない。
「疲れているところすまないが、少し時間をもらえるか?」
ウィックハルトの言葉には、有無を言わせぬ強いものが含まれていた。