【第314話】絶望の秋
絶望の秋が訪れた。
人々の想定を遥かに下回る皆無に近い収穫量に、各国の首脳は頭を抱える。
そんな中で、ルデク、グリードル帝国の連名で送り届けられた”親書”。内容を一読した王たちは、まるで恐ろしいものを見たように、それを一度遠ざけた。
ーールデクと帝国には今回の未曾有の食糧不足に対して、各国を支援するだけの準備がある。もちろん無料ではないが、料金は通常の市場価格とさほど変わらぬ価格で提供する。民の命を第一に考えるのであれば、是非とも声をかけてほしい。ーー
要約するとそのような内容である。
この2国は一体どこまで読んでいたのか、、、、王たちはそんな疑問と恐怖にかられ、同時にすぐ、国民の食糧を賄うだけの費用の捻出問題に直面する。
しかし、どう考えても値切るのは無理だ。ここで欲をかいて両国に拒否された場合、国全体が餓える。
命と、金。どうあっても、国庫にある蓄えを放出せざるを得ない。
概ねどの国も、それはリフレアとルデクを天秤にかけていたルブラルであっても、両国に頭を下げる判断を下す。もはや、強制のようなものだ。
こうしてリフレア以外のすべての国より、親書の返信を握りしめた使者が、ルデクと帝国を目指し駆け始めたのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ゲードランドから程近い平野。もとはただの原っぱだったこの場所には今、大急ぎで作られた巨大な倉庫群が立ち並んでいる。
倉庫の中には現在も、南の大陸から買い求められた食料が大量に運び込まれている最中だ。
周辺は第五騎士団が昼夜問わず厳戒態勢で警戒している。下手をすれば、リフレアとの国境よりも緊張感があるかもしれない。
様子を見にきた僕に気づいた兵士が、慌てて敬礼で出迎えてくれた。
「ロア様、どうされたのですか?」
ちょうど本日の当番だったのか、騒ぎを聞き付けた顔見知りの部隊長もやってきた。
「ナガモールさん。すみません。仕事の邪魔をして」
「いえ、それは構いませんが、、、」
「特に何かあった訳じゃないんです。状況視察に来ただけですので、お構いなく」
「しかし、、、」
「大丈夫ですよ。ウィックハルトやラピリアもいますから」
「そうですか、、、、では、何かありましたら申しつけてください」
そう言い残して、下がってゆくナガモールさんを見送ってから、僕は2人に「じゃあ行こうか」と声をかけた。
史上最悪の凶作、世間ではすでにそのように言われ始めているが、作業する人々の表情は落ち着いている。
目の前には山と積まれた食料が保管されているのだから、当然だろう。
ルデク国内においては、人々が不安を覚えた機を見計らって動いた。
ゼウラシア王とゼランド王子の連名で、各町村に宣言を出したのである。
内容は、「先1年の食料は十分に用意している。安心して取り乱すことなく日々を暮らすと良い。また此度収穫がなく収入を得られなかった農家には、等しく支援金を出すので、安心して来年のために勤しんでほしい」と。
この宣言は民に大きな安寧をもたらし、今回の件での国内における混乱は、今のところ皆無といって良い。
王都周辺の町村から聞こえる声だけでも、王と王子に対する賞賛が鳴り止まない。特に、ゼランド王子が王を説得したとの逸話が出回り、王子の評価はとどまるところを知らない状況となっている。
噂を流したのは、僕と王だけど。
あまりのことに王子は困惑しながら「本来なら先生の功績なのに、、、」と漏らしていたが、利用できるものは利用した方がいいよと伝えておいた。
利用できるものは利用してここまできた僕なので、説得力はそれなりにあったと思う。
そういえば最近、ゼランド王子が僕のことを「先生」と呼ぶようになった。少し成長したからだろうか? 気恥ずかしいのでやめてほしいと何度か伝えたのだけど、ここだけは譲らない。
しまいには「王子の命令です」と、先生呼びを押し切られたけれど、権力の使い方、間違っているんじゃないかな?
ともあれ、僕らは倉庫の中を見渡し、その膨大な量に気圧される。
「壮観ですね」
「本当に、こんな量の穀物、初めて見たわね」
ウィックハルトもラピリアも驚きを隠せないほどの大量の穀物が、所狭しと積み込まれている。
一応、巨大な倉庫7つで一国の食糧の半年分という計算。あくまで各国の人々が贅沢せず、慎ましやかに過ごした場合の事になるけれど。
具体的には、軍を動かしたりしなければ。
ドリューが計算した結果なので、多分間違いない。
もちろん他国に横流しなどできる量ではないし、それをしたら、ルデクからの供給は即座に止める。リフレアに流されないための措置だ。
帝国とゴルベルを除く各国からの返答はまだ届いていないけれど、王が余程の間抜けでなければ、時間の問題だと思っている。
こんな状況下でも、、、いや、こんな状況下だからこそ、私腹を肥やそうとする輩が跋扈するだろう。他国はともかく、ルデクではそれは許さないことは王と擦り合わせ済みだ。
これはかなり強い言葉を以て、貴族や各地の領主へ通達されている。
少し前の貴族の失態に続き、先だってはラピリアの実家に手を出した結果、キンズリー=インブベイが謀殺されたのは地方領主たちに広く認知されている。
ダーシャ公に頼んで貴族に噂を回してもらったので、少なくとも貴族間では知らない人はいないのではないかな?
とにかく失態続きの貴族。貴族院の縮小さえ検討されている中で、危険を犯して私腹を肥やそうとする輩はいない、、、、と信じたい。
万が一そのような阿呆がいて捕らえられたとしても、まあ、その辺りは僕の関知するところではない。
せいぜいが王の逆鱗に触れたことで、食い扶持が減って助かるくらいの思いしかないな。
そんなことを考えながら倉庫を見て回る。僕の当初の想定以上の速度で、同じく想定を越えた大量の食糧の輸入が行われていることを、改めて実感する。
その要因は、南の大陸にあるフェザリスが輸入に関して全面協力をしてくれたからだ。
南の大陸で各国に声をかけまくり、余剰穀物を効率良く集めてルデクへ送ってくれていた。これが本当に大きい。
フェザリスといえばルルリアの実家。すなわちルルリアが一枚噛んでいるのである。
僕の話を聞いて皇帝へ持ち帰ってくれたルルリアだったけれど、皇帝から「ウチの利益が少ないからもう少しなんとかしろ」と言われたみたい。
ルルリアから僕へ、「南の大陸からの輸出を祖国に手伝わせるから、一部の輸入品は帝国の分として捌いてほしい、もちろん輸入の金は出す」との打診があった。
商売上手な2人だ。だけど、助かる。僕はその話に一も二もなく飛びついた。南の国に協力者がいることが功を奏し、凄まじい勢いで穀物を乗せた船がやって来ているのである。
ルルリアの機転により、万が一の輸入量不足の心配もかなり解消されたと考えて良いだろう。大陸を襲った史上最悪の凶作は、既に概ね回避されつつある。
頃合い、かな。
積み重なった穀物の袋を見て、僕は決断する。
冬。雪の降る前に、リフレアへ攻め込もう。
時はここに、満ちたのだ。




