【第311話】ヒューメット=トラド(中) 正導会
リフレア神聖国の宗都、レーゼーン。
人々が住まう場所とは少し離れたところにある、小高い丘の上に建つ巨大な建物。丘の斜面は全て石垣となっており、要塞のような威圧感がある。
国家の中枢であり、教会の総本山でもあるこの建物の一角。広く豪奢な会議室から、廊下にまで聞こえる怒鳴り声が響いていた。
「静観? 何を腑抜けたことを言っているのだ! 我が国の領土へ攻め込んでくるのだぞ!」
激昂するのは正導会の幹部の一人。サクリの代わりに、聖騎士団のショルツが提案した内容に対する反応である。
「しかし、既にオークルとの国境付近には、充分な備えも防衛線もありますので、相手の出方を完全に確認してからでも問題ないのではという判断のようです」
「話にならんであろう! 我が国の領土に攻め込んでくるのだぞ! 万が一、その防衛線とやらが抜かれたらどうするのだ!」
堂々巡りである。とにかく先ほどから自国に敵が侵攻してくる。そんなものは許せない。という感情論を繰り返すので始末が悪い。ショルツは密かに呆れる。
こう言ってはなんだが、リフレアから仕掛けた戦いで、先にルデクの領土を荒らしたのは我々だ。その結果見事に撃退されて、宣戦布告された。この流れでは、敵が自国領土に攻め込んでくるのは当然の結果であろう。
重要なのは、ルデクがやったのと同じように、地理的有利のある自国内で相手を打ち破ることだ。敗走する兵を追撃しながら再度オークルの砦を押さえることができれば、その後はルデク国内での戦いに終始でき、物事を優位に進められる。
そのように説明しても、首脳陣の理解がなかなか及ばない。
「長期戦を考えれば、軍師殿の仰った通り、無駄に兵糧を消費するのも歓迎できません。今年は不作とも言われておりますので」
夏も終わりが見えてきたこの頃、どうも、秋の収穫が芳しくないという見込みが強まり始めてきた。夏の収穫もそれほど良いものではなかった。雨が足りていないのだ。大地は乾き、農作物は痩せ細っている。
「ふん、その話なら既に手は打っている。ルブラルから融通してもらうように話はついておるわ」
別の男が自慢げに口を挟む。食料関係の統括を担う大臣である。ルブラルからの食料輸入は、元はサクリが提案したこと。大臣は一度突っぱねたが、サクリの度重なる依頼に渋々ながら多少の輸入をルブラルに打診していた。
だがそのようなやり取りがあったことなど噯にも出さず、さも自分の手柄のように胸をはる。
なお、大臣がルブラルから輸入を取り決めたのは、サクリが希望した四分の一にも満たぬ量であった。しかもまだ、手配の途中であり国内には麦の一粒も入ってきていない。
これ以上の話し合いは無駄か。それに、兵糧の手立てが済んでいるのなら、これ以上は食い下がるべきではないか? ショルツは議論を、、、議論と呼んで良いものか甚だ疑問だが、とにかく議論を終える。
「、、、、では、動員可能な国内の兵を南に動かすということで、よろしいですか?」
「先ほどからそのように命じておる。そうですよね、ネロ殿」
「、、、、、そうですな。危機に対して手厚く対応しておくのは、当然のこと」
ネロの許可を得た幹部は、勝ち誇ったようにショルツに再度出撃を命じると、ショルツは拝命。一礼して議場を出た。
議場から少し進んだところで、出てきた扉に振り向く。
「軍師を参加させぬ軍議とは、、なんとも、、、」
ショルツの独り言は、床に落ちて溶け消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ショルツが退出すると、議題は内通が疑われる聖永会の3人の処分についてに移る。
先ほどショルツに命じるような、勢いのある発言は鳴りを顰め、部屋には重苦しい空気が漂った。
単純に処分するのは簡単だが、その後の聖永会の反発を考えると、性急なことは憚られる。
特に、強硬な処分を主張して採用されれば、その後ずっと聖永会の者たちから恨みを買うことになる。派閥間の恨みは恐ろしい。彼らにとってはルデクの軍よりも、派閥の軋轢の方が優先順位は高いのだ。
無難な意見がポツリ、ポツリとあがる中、皆の視線は自然にネロへと集まってゆく。
そのネロであるが、先程の発言以降は椅子に深く腰掛けて目を閉じ、祈りを捧げているようにも見える姿勢のまま、ずっと黙っていた。
堪えかねたニチャルが「ネロ殿、、、、」と声をかけると、ネロはやおら目を開ける。
「ネロ殿はどのようにお考えですかな?」
ニチャルの再度の問い。
「どのようにも何も、議論の必要などありはしませんな」
「は? それは、、、、」
「お三方はリフレアの血を守る同胞、情報を齎したのはルデクの亜種ども。どちらを信じるかは必然」
「お、おお、それもそうですな、、、、では、当人たちの話を聞きながら、噂の原因を探りましょう」
ネロの一言で、三名は処分保留と決まる。
ネロは再び目を閉じた。
彼が壊したいのは、ネロと異なる種の者たちと、それらを受け入れる輩ども。
その確固たる意思は、ネロにとって宿命であり、呪いでもあった。




