【第307話】西部動乱(上) 残党
かつて、ゴルベルには名将と謳われた4人の将軍がいた。
彼らはゼッタ平原での戦いでの敗北を潮に、四者四様の運命を歩むこととなる。
4将軍の中でも飛び抜けて有名なゴルベルの英雄、ローデライト=エストは、先のゴルベル王、ガルドレンの粛清により処刑された。
次にゴルベル3将の一人、ゼーガベインはゼッタ平原でルデクに敗れ、戦場のつゆと消えた。
残ったファイスは新王にうまく取り入り、今や王国の中心人物の一人だ。
数奇なものだ。最後の一人、ブートストはそれぞれの運命をしみじみと振り返る。
蛇将軍と呼ばれるほど敵に対して執拗だったファイスが、ルデクの傘下で生きる事を選んだことは、ブートストにとっては大きな驚きであった。
逆にブートスト自身は、未だにルデクへの敵対心を捨てることができず、こうして旧ゴルベル領内で息を潜めていた。本当に、数奇なものだ。
ブートストが野に下ったのは、先王ガルドレンの凶行が原因であった。王による粛清の嵐が吹き荒れる中、身の危険を感じたブートストは密かに王都から姿を消したのである。
野に下った時点で、王家は見限っている。恨んでさえいる。ゆえに、もはや忠義など毛ほども存在しない。だが、ゴルベルという国に対する愛情はあった。
それゆえルブラルやリフレアに亡命する気にもならず、ゴルベル国内での潜伏生活を送っているのだ。
もとより北部の出身であったブートストにとって、現在の旧ゴルベル領は細道までよく知る地元であり、協力してくれる知人も多かったために、潜伏は容易い。
なんとかルデクに一泡吹かせられないかと密かに行動しているうちに、ブートストの元には北部の人間を中心に、自然と王を見限った反ルデクの者たちが集まってくる。
最初はわずかな物であったが、時間の経過とともに1つの軍隊と呼べるほどの人数となって行く。
とはいえルデクの守備兵に比べればささやかな数であり、正面切っての戦いなど無理だ。故に、ブートスト達は地下で耐えることを選んだ。
地下組織は、旧ゴルベル領で各地に散らばりながら、反攻の機会を待っていたのである。
そんな最中での三国同盟と、それに伴うルデクへの従属は、彼らに少なくない衝撃を与える。
新王シーベルトの判断が正しいかどうかは分からない。だが少なくとも、ブートストの故郷がゴルベル領を名乗る可能性は、現時点では消えたと言って良い。
この時点でブートストは、ゴルベルとの縁が完全に切れたのだと思った。
ブートストは最後までルデクと戦う。せめて一矢報いてやる。そのようにずっと機会を探っていたところへ、とある使者がやってくる。
どこからブートストの居場所を嗅ぎつけたのか分からない。やってきたのは、あの裏切り者の軍師サクリの部下であったムナールだ。
「よくも俺の前に顔を出せたものだな」
すぐにでも切り捨てられるように剣を引き寄せたまま、その顔を睨みつけるブートスト。対して、眉ひとつ動かさずに対峙するムナール。
「今日は良い話を持ち込んできました。ルデクに一泡吹かせることができる方法です」
淡々と話すムナールに、ブートストは唾を吐く。
「貴様も、サクリも信用できん。俺が今更、お前らのいう事を聞くとでも?」
「もちろん、タダで、とは申しません。うまく事が運び、旧ゴルベル領からルデクの兵どもを追い払う事ができれば、ブートスト将軍にこの地の統治をお任せしたく」
「できもしない事を。冗談でも笑えん。これ以上虚言を吐けば、この場で斬り捨てる」
ブートストの合図に応じ、10名以上の兵士が部屋に乱入。全員が抜身の剣を握っており、いつムナールに斬りかかってもおかしくはない。
場には緊迫した空気が漂う。だが、ムナールの表情は変わらない。
「虚言など、、、、まあ、確かに領土を奪還していない今、信じていただくのは難しいでしょうな。ではもう一つ、おまけを付けましょう」
「、、、、」
ブートストがムナールの言葉の続きを待たずに、切り捨てる合図を出そうとしたその瞬間、
「ガルドレンの身柄、貴殿に差し上げる」
ムナールの言葉に、ブートストの動きが止った。取り囲む兵士達に、剣を下ろすように命じる。
椅子に深く座り直したブートストは、ムナールに命じる。
「詳しく話せ」
「ガルドレンがルブラルに亡命したのはご存じですね」
「ああ」
あの狂人が王都から逃げた。その噂は地下社会をも瞬く間に駆け巡った。
「ガルドレンはリフレアが引き取りました。今、こちらで確保しています」
「、、、、証拠は?」
「ガルドレンの小指でも切り取ってお持ちしましょうか?」
「つまらん冗談だ」
ブートストが鼻で笑っても、口にしたムナールはニコリともしない。
それどころか「必要であればお届けしますよ」と、続ける。
ムナールが冗談など言わないことは知っている。それなりにゴルベルで顔を合わせていた相手だ。
統治権の空手形はともかく、ガルドレンがリフレアにいるのは事実の可能性が高い。ブートストはそのように判断する。
「ガルドレンの身柄をやる、とはどういう意味だ?」
「文字通りの意味です。我々にとって、ガルドレンの使い道はもはやそれほど多くない。貴殿に差し上げた後は、細切れにするなり磔にするなり、好きになさればよろしい。ちなみに先程言った通り、この地を奪還するための支援も嘘ではありません」
「、、、、、、」
ブートストがこのような状況にある元凶は、ルデクとガルドレンにある。
今更何を言っても詮無いことだが、そもそもルデクとの開戦にブートストは反対した。あの馬鹿はそれを押し切って宣戦布告をし、ものの見事に返り討ちに合い、挙げ句の果てに粛清という名の責任放棄だ。
ガルドレンの身柄を手にいれて、俺が処刑する、か。
どこまで信用できるかは分からんが、サクリ達を利用すればこの地に新しい独立国家を打ち立てることも可能か?
建国理由は正当なゴルベルの再建。その象徴として、俺がガルドレンを民衆の前で討ち果たす。
そんな妄想がブートストの脳裏を過った。
とにかく、話だけでも聞いてみるか。
「、、、、、聞くだけ、聞いてやる。今回の件、貴様らの依頼を引き受ける場合は、ガルドレンを先に寄越せ。領地云々はその後だ」
「分かりました。では、、、」
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ルデク(旧ゴルベル北部)とルブラルの国境に正体不明の3千の兵士が忽然と現れたのは、夏の盛りのとある日の事であった。