【第304話】神官の願い③ 怒り
皆様いつもありがとうございます。本日少し短めですが、この話だけでまとめたかったのです。
僕は今、ルシファルに対する怒りと同じくらいの気持を、リフレアの教皇リンデランデに抱いていた。
アレックスが言うことが事実かどうかは、まだ決まっていない。けれど、彼が遠方から長き旅路を経て、この場所にいると言うのは多分、事実だ。
長く旅人をした人間は、独特の雰囲気を纏う。そして同じ旅人はそれを嗅ぎ分ける。
例えばゾディア、彼女が僕に協力してくれているのは星巡りにもあったのだろうけれど、同時に、同じ種類の匂いを感じたのだと思っていた。
なぜなら、僕もゾディアに同じ気持ちを抱いたからに他ならない。
流浪の民、それは僕にとってとても近しい雰囲気を持つ人たちだ。その親近感は、ゾディアにも伝わったのだろう。
アレックスからそういった旅人の気配を色濃く感じる。そこから考えれば、僕の中にアレックスの言葉は本当だろうと言う思いは強くある。
けれど、そうであった場合、教皇リンデランデはこの状況下において、何をするでもなく、ただ祈りを捧げていたことになる。
ネロとかいう一派閥の長に好き勝手させ、自分はただ、祈りを捧げていた?
ふざけるな。
僕は、リンデランデがどのような経緯で教皇についたのかは知らない。
もしかすると本人は、教皇なんて立場に立ちたくなんかなかったのかも知れない。だけどそんなこと、関係ない。
関係ないのだ。
アレックスの言葉が真実であれば、正導会とかいうところの首領、ネロが今回の混乱の元凶であることになるのだろう。けれどそれは、教皇を救う理由にはならない。
本来であればリンデランデが国家の主として、ネロを諌めねばならない。そうすればルデクとの因縁など発生しなかったはずだ。
もし、ネロを諌めるだけの力がなければ、自ら身を引けばいい。ネロを止めるために戦った先にあるのが敗北であったのであれば、僕もリンデランデに何も言うことはないだろう。
だけど、リンデランデは何もしなかった。
それが全てだ。
祈り? 馬鹿か。単なる聖職者であればそれでも良い。むしろ、素晴らしいことかも知れない。だが、リンデランデは王だ。何もせずただ放置した王など、我儘な王よりもタチが悪い。最悪だ。
僕の知る未来では、リンデランデが何もしなかったせいで、ルデクが滅んだ。そして、今、リフレアに同じ危機が訪れていることに気づいているのか?
気づいてなどいないだろう。こうしてアレックスがここにいることを考えれば。
或いはアレックスが必死になって、文字通り命懸けでルデクにやってきたことさえ、知らないかもしれない。
たった一人の人間が、為政者としての自覚を持てば避けられたかも知れない未来。それを考えると、僕は怒りを感じずにはいられない。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
アレックスに気取られるほどに、僕は怒りが抑えられていない。
いっそ、この場でアレックスを切り捨てて、何も聞かなかったことにして全てを焼き尽くしてやろうか。
抑えきれぬ怒りで、アレックスに怒鳴りつけるためにひゅっと息を吸った僕の両肩を、強く掴む者がいた。
手の大きさからして別々の人間だ。確認しなくても分かる。ラピリアとウィックハルト。2人が僕の肩を強く握る。
ーーロア=シュタインの戦い方は、それではないーー
そんな風に言われている気がする。同時に、二人の怒りも肩から痛いほど伝わってきた。
同じ思いを抱き、なお、それでも僕を諌めてくれる人たちがいる。そう思えたら少しだけ冷静になれた。
吸い込んだ息を、なるべくゆっくりと吐き出す。
考えろ。アレックスが持ち込んだ情報を事実と前提した、新しい策を。
考えろ、リンデランデの利用方法を。
リフレアを滅ぼした時、リンデランデを殺すのは難しくない。けれど、この駒を使ってできることはないか?
、、、、ある。そのためにはアレックスの要望も聞き、うまく誘導しなければならない。落ち着け。冷静になれ。僕が今ここで冷静になることで、得られる”利”があるはずだ。
僕はまだのけぞったまま硬直しているアレックスに、ぎこちなく笑顔を作る。そして、少し痙攣する唇を押さえ込むように言葉を紡ぐ。
「、、、失礼。少々考え事が過ぎてしまったみたいです。アレックス殿、では次に、貴殿の要望を聞かせていただきましょう」
僕の両肩にかかっていた力が、ゆっくりと緩んだ。