【第30話】非番の一日②
僕らのやってきた場所は、見渡す限りの牧場。そこかしこで馬がのんびりと草を食んでいる。奥の方には大きな倉庫のような建物が影を伸ばしていた。
軍部は平時であっても少なからず緊張感のある場所だ。だから、こんな風にのんびりした雰囲気は少し久しぶりな気がする。
ビックヒルトさんにお礼を言って入り口で馬を降り、のんびりと中を歩いてゆく。
「あ、いた」
僕の視線の先のほう、遠目から見ても場違いに感じる高そうな服装の2人組と、何やらオロオロしている中年男性の姿。
「おおい!」僕が声をかけても2人は全く気づかずに熱心に話し込んでおり、中年男性だけがこちらを見てホッとした表情を見せる。
「騎士様のお連れ様ですか? 私はこの牧場の主人でヴィゼルと申します」
僕らの元に駆け寄ってきて名乗るヴィゼルさんに、状況を聞くと、ヴィゼルさんは早口で捲し立てた。
突然やってきた騎士2人が「馬を見せろ」というので、慌てて主人が出てきて案内を始めたところ、途中から「軍馬の良さは瞬発力か持久力か」で言い争いが始まってしまい困っていたそうだ。
すごくどうでも良いし、ヴィゼルさんには申し訳ない。
「それにしても、言い争っているにしては静かですね」
2人を見れば口振りは熱心だけど、まるで密談のように声の音量は小さいのだ。
「馬は大きな声を嫌がりますから、多分、気を遣っていただいているのかと、、、」というヴィゼルさん。
、、、、、2人の馬への愛が深い。
「ああ、やっときたか。ここは当人に選んでもらおう。ロア、やはり馬は長く力強く走るのが名馬の条件だと思う。長距離の行軍も安心だ」、、、リュゼルは 持久力派か。
「待て待て、ロア。お前の場合はとっさに逃げられるような馬がいい。それなら瞬発力を重視するべきだ」
「、、、、2人の言い分はわかるけどさ、、僕としては乗りやすい大人しい性格の馬がいいよ」
「なるほど、乗り心地か。おい、ヴィゼル。気性の良さそうな馬の中から、お薦めをいくつか見繕って見せろ」
「は、はい! で、では、こちらへ、、、、」先ほどから緊張しきりのヴィゼルさん。
僕は最上級に偉い人(レイズ様)がすぐ身近にいるからあまり気にしていなかったけれど、騎士団の部隊長クラスとなれば、一般の人からすればものすごく気を使う相手だ。重ね重ね、ヴィゼルさんには申し訳ないと思う。
ヴィゼルさんの先導で歩いていると、ちょこちょこと僕らに近づいてくる馬もいる。好奇心が旺盛な馬は、こうして来客があると様子を見に来るそうだ。
「この馬は比較的気性も良いですよ、あとそちらの馬なども」
5頭ほど見せてもらい、その都度フレインとリュゼルが真剣な表情で品定め。
僕はそれを眺めるだけ。
と、なんだか首筋がくすぐったい気がする。2人の会話を聞きながら、なんだろうと首に手をやると、フニッとした柔らかいものが手に当たった。
「うわっ」びっくりして振り向くと、そこには一頭の芦毛の馬が。どうも、僕の上着の襟をはみはみしていたようだ。
「あ、こら! アロウ! またお前は。大切なお客さまのお洋服を! 大変申し訳ございません! 騎士様の衣服を汚してしまって!」
青くなるヴィゼルさんを「安物ですから気にしないでください」と宥める僕。実際、文官時代から愛用している安物の上着だ。なんてことはない。
「全くこいつは悪知恵ばかり働かせおって、、、すぐに向こうに連れて行きますので、、、」
「待て、ヴィゼル。その馬も中々悪くないトモをしているが、気性に問題でもあるのか?」リュゼルさんが顎に手を当てながら、興味深そうにアロウと呼ばれた馬の品定めを始める。
「気性難というか、悪知恵が働くというか。。。。私共の評価も低くはないのですが、馬屋が来ると逃げ出したり、こうして悪戯を仕掛けてみたり、とにかく言うことを聞かない仕草を見せるので中々買い手がつかなくて、、、、」
「、、、、なるほど、賢い馬なのか」フレインも真剣な表情でアロウを見つめ始める。
「先ほども申し上げましたように、アロウは従順とは程遠い馬ですよ? 軍馬に向いているとは、、、、」
「いや、確かに騎兵の馬というのは従順で力強い馬が好まれるが、将官の馬となれば、賢さは重要だ。いざという時に将を生かすための行動が取れるからな」
「リュゼルの言う通りだ。ロア、ちょっとこの馬に乗ってみろ」
急に息の合い始める2人の勢いに、僕は少したじろぐ。
隣を見れば、アロウも少し首を引いて困惑の表情を見せていた。
視線があった僕とアロウ。なんとなくお互いに目を細めたところで、僕はこの馬と上手くやっていけそうな気がした。
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「名前はそのままでいいのか?」
無事にアロウを買い求め、その背に揺られる僕にフレインが聞いてくる。
「うん。僕の名前に似ているし、ちょうど良いんじゃないかな」
「そうか。ちゃんと面倒を見てやるんだぞ。手入れの仕方は俺が教えてやる」と、やる気満々だ。
「思ったよりも早く終わったな。せっかくだから海岸線でも走ってから帰るか?」
「ああ、いいな。ロアの練習にもなる」
2人に進められるまま、馬首を南へ。天気も良く、アロウの速度を上げると、顔に当たる風が気持ちいい。
しばらく走っていると潮風が鼻をくすぐり始めた。漁村の生まれの僕には気持ちが落ち着く匂いだ。
「お、海軍の船が見える。警戒中のようだな」
岸から離れた場所には大型の軍用船。
海軍。有力な港が少ないからか、この大陸では、各国共に海軍が重視されない傾向にある。
そんな中で自衛団から発展していった我が国の海軍は、騎士団には所属せず、直接王の管轄下に置かれている独立独歩の集団だ。元々の始まりが沿岸部に住む海賊だったなんて話もあるくらい。
騎士団に比べて規模も小さく、総勢でも1000人ほどだけど、海のスペシャリストとして騎士団からも一定の敬意を払われている。
そのためかフレインもリュゼルも、珍しいものを見つけた子供のように、軍用船を目で追いながら海岸線を走る。
こうして良い気分転換になりつつ、自分の愛馬を手に入れた僕。充実の一日であった。