【第302話】神官の願い① 久々のホグベック領
「ひ〜さびさの〜」
「りょっこうだ〜」
双子が先頭で愉快な歌を歌っているけれど、もちろん旅行ではないし、遊びに行くわけでもない。
ホグベック領で保護されたというリフレアの神官は、ハウワースの牧場の片隅に倒れていたらしい。随分とくたびれた旅装で、どこか遠いところから来た旅人だというのはすぐに分かったようだ。
発見した牧場の人間が、牧場の責任者であるヴィゼルさんへ伝え、ひとまず牧場の小屋で看病しつつ、領主であるホグベック卿、つまりウィックハルトのお父上であるデサントさんに報告した。
デサントさんはとにかく本人が回復するまで面倒見ること、その後に話を聞いて報告するようにと指示して状況を見守る判断を下す。
なお、この時点ではまだ、行き倒れがリフレアの神官だとは分かっていなかった。
それから一両日こんこんと眠った旅人が目覚めて、ようやく本人の素性が判明。
内容に半信半疑のデサントさんであったけれど、旅人の荷物から神官服などが出てきたことで、慌てて王都へ報告してきたという経緯であった。
王からは「とにかく話を聞いて、必要あれば連れてこい」とのお達しだ。そのためにホグベック領と縁の深いウィックハルトを始め、僕らが派遣されることになったのだ。
ホグベック領へ向かうのはお馴染みの面々。すなわち、僕、ウィックハルト、ラピリア、双子、ネルフィア、サザビーである。
ハウワースの牧場の近くに行くので、本当はフレインやリュゼルも連れてきたかったけれど、最早あの二人は僕が不在の間の第10騎士団の要だ。言うなれば副副団長のような立場であるので仕方がない。
それと、この面子の大半は前回ホグベック家にお邪魔しているので、ホグベック家も対応しやすいのではないかという配慮もあった。
「それにしても、教皇、ね」
これだけリフレアとやりあっていながら、教皇は謎に包まれた部分の多い存在だ。
交渉ごとはもちろん、国外の儀式には全て代理の人間を寄越している。
僕が知る限り、これはルデク相手だけの話ではない。未来においても、ほとんど表に姿を現したことがなかったんじゃないかな?
ただし、いかんせん僕は未来において、リフレアを極力避けていたので、他の国ほど詳しくない。
今考えれば、リフレアについてもう少しちゃんと調べておけばよかったのだけれど、まさかもう一度人生をやり直すとは思っていなかったので、こればかりはどうしようもない事だ。
それにしても教皇に関する願いがあるという神官が、なぜ、ホグベック領で行き倒れているのか分からない。
行き倒れるなら北の国境付近にあるオークルの砦や、グランツ様のいるゼッタ平原あたりではないのだろうか。ホグベック領では普通に王都を通り過ぎている。迷子にしたって豪快に過ぎる。
まあ、本人に会えば分かることか。
そうだ、もう一つ気になることがあった。ウィックハルトの妹、セシリアの事。一過性のものだったかもしれないけれど、僕はあの娘さんに随分と気に入られていた。
けど、、、、僕は今、明確にあの娘さんとそう言う関係になるつもりがない。僕の隣にいて欲しい人は決めているから。
ちゃんと説明しないとなぁ、、、、
そんなことを考えていたら、だんだんと少し懐かしい風景が目に入って来る。小さなため池のすぐ先が、ウィックハルトの実家だ。今日はホグベック家にお世話になって、明日、牧場へと向かい話を聞く予定。
無事何事もなく到着すると、前回と同じようにウィックハルトのご両親が迎えに出てくれる。
「ご無沙汰しておりますな。貴殿のご活躍は、こんな田舎にも轟いておりますぞ」
そんな風に僕に語りかけるデサントさんに、恐縮しながら返礼する。
「さ、立ち話もなんですから、どうぞ、中へ」ウィックハルトのお母様に促されて、今回もなぜか先頭に立った双子が
「今日は肉がいいぞ」
「ああ、肉の気分だな!」
と、まるで自宅に帰ってきたように悠々と中へ消える。
ちなみに双子は大抵肉を食しているので、毎日肉の気分である。
「ウィックハルト! それに皆様、ご無沙汰しております!」
華やかな笑顔で迎え入れてくれたのは、ウィックハルトの許嫁、オーパさん。
「お元気そうで何よりです」
「ロア様、ものすごいご活躍ですね! ウィックハルトの手紙でもいつも凄いと、、、、」
「オーパ、恥ずかしいからやめてくれ」とウィックハルトが堪りかねて途中で止める。ウィックハルトがこんなふうに困った表情をするのは珍しいので、少し面白い。
「あ、セシリア、久しぶりね」最初にセシリアを見つけたのはラピリアだ。
だけどセシリアはラピリアをじーっと見ると、「後で二人でお話ししたいのですが、宜しいですか?」と、少々挑戦的な言い方をしてくる。
そして僕には視線を合わせようとしない。
うーん、、、これはもしかして、、、
「ラピリア、すまないが少し時間を作ってやってくれないか」と言ったウィックハルト。その表情で、偽装婚約の件がセシリアに伝わっていることを察した僕ら。
「、、、、それなら、早いほうがいいわね。セシリア、今からでも良いかしら?」
セシリアはこくりと頷いて、「それじゃあ私のお部屋で」とラピリアを連れてゆく。
二人の姿が完全に見えなくなってから「えっと、大丈夫なの?」と僕が聞けば、「仕方ないことですから、今、間違っても妹がロア殿に恋慕しているなどと公言することはできません」という。
、、、、あ、そうか。先日の一件の直後でホグベック家から僕に色恋沙汰を持ち込めば、そんなつもりはなくとも謀略の意図ありと見做される可能性すらあるのか。
そこまでは考えてなかったな。
「、、、それなら事前に言ってくれれば良かったのに」
「妹がどのように考えるか、、、一応彼女の意思を尊重したかったのです」
そのように言われれば文句は言いづらい。
「大丈夫ですよ。セシリアはちゃんと心得ています。自分の気持ちに決着をつけるために、ラピリアさんとお話ししたかっただけだと思いますよ」
セシリアとの間で何かしらの話し合いがあったのだろう。オーパさんの言葉には、ある種の自信が垣間見られた。
僕も当事者ではあるけれど、こればかりはラピリアに任せるしかないよなぁ。
そんな風に思いながら、僕は2人が消えていった廊下を見て小さくため息をついた。