【第298話】皇帝の困惑(下) 義娘の帰還
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皇帝ドラクの予想通り、ツァナデフォルは態度を軟化させた。
終始ロアの掌にあったのは少々気に食わぬが、同時に使えるものは使うのがドラクの良さだ。労せずに望む方向に進むのであればしっかり利用させてもらう。
仮にこの場にロアがいれば、譲歩した分の”おまけ”とでも言いそうだな。
水面下でツァナデフォルとの交渉準備を進めていると、ゲードランドに滞在中の義娘、ルルリアから早馬が届く。
今度はなんだと思えば「重要な話をロアから聞きました。帝国にとっても無視できぬ由々しき事態です。帰国次第、帝都に伺いますので、早急に会談のお時間をくださいませ」という内容。
「また、ロアか、、、、」
いっそロア本人を呼びつけちまった方が早いんじゃねえか?
今は無理だと分かっていても、ドラクはそう愚痴らざるを得ないのだった。
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「お義父様。お忙しいところわざわざすみません」
ルルリアが帰還するのに合わせて、ドラクは新港の拠点に足を運んでいた。今はシーヤックという名の小さな港町。いずれは新港に相応しい名前に変わることが決まっている。
現在のシーヤックは、仕事を求めた大量の荒くれ者がグリードル中から集まり、むさ苦しい奴らの見本市状態だ。
各所で怒号が飛び交っているが、同時に茹だるような熱気も感じられる。ドラクにとっては好ましい雰囲気であった。
そんな喧騒中を小走りにやってくる小柄な娘。4番目の息子の嫁であり、ドラクも一目置く相手だ。
なかなか面白い娘で、目の付け所や行動の速さ、思考は、正直に言って実子よりも自分に近いのではないかと思っている。
「いや、構わん。ちょうど息抜きもしたかったところだ。。。。多少なりとも、形になりつつあるな」
ドラクはシーヤックの港を見渡し、もの凄い勢いで港ができていることを実感する。
帝都を作った時も思ったが、こういう時期が一番面白い。いっそ政務は全部ロカビルに押し付けて、しばらくシーヤックに滞在してやろうかとも思い、ロカビルの絶望的な表情を想像して少し楽しくなる。
「ええ。今が一番楽しい時かもしれませんね」
ルルリアも同じことを考えたか、屈託なく笑いながら工事の様を見る。そんなルルリアに向かって「お嬢! お帰りなさい!」「お嬢! 帰ったんですか?」「お嬢! スキットの旦那はどこです」と、むさ苦しいのが次々に声をかけては忙しそうにどこかへ行く。
というか、うちの義娘、お嬢と呼ばれているのか? 一応姫なのだが? どちらかといえば海賊の頭領のような呼ばれ方だな。
まあいいか。それよりも本題だ。
「それで、この場で聞ける内容か?」
ルルリアは首を振る。それはそうか。
「分かった。場所は用意してある。お前は戻ってきたばかりであろう。まずは少し体を休めよ。夜に話を聞こう」
「お気遣い恐れ入りますが大丈夫です、、、と言いたいところですが、きちんと身だしなみを整えてからお伺いさせていただきます」
「そういえば、ツェツェドラはどうした?」
「今は領地の仕事を片付けています。私の帰還に合わせてこちらへ向かっているはずです」
「そうか。それじゃあ、俺はしばらく街の状況を見聞して回る。また後でな」
「はい。では、夜に」
きた時と同じように小走りで去ってゆくルルリアと、あわてて追いかける護衛たちを見送ると、ドラクは存分に新港の工事を見て回るのであった。
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その夜。街の外に特別に設えた天幕の中に、ドラクとルルリア、それにツェツェドラがいた。ツェツェドラはちょうど間に合ったので同席を命じたのだ。
「小さな街の宿よりも、こういった場所の方が話は漏れにくいだろ、まあ座れや」
座るように促すドラクに従い、着席する2人。
「それじゃあ、話せ。あのお騒がせ野郎、今度は何を言い出したんだ?」
ざっくばらんに聞くドラクを前に、ルルリアが口にしたのは驚くべき話だった。
「大凶作だぁ? 事実なのか?」
「少なくともロアはルデク王から国庫を開かせてまで、南の大陸から食料を買い漁っています。あの、ロアが、です」
ルルリアの言外に、ロアが動いている以上、看過できないという意図が伝わってくる。
「それと、ロアは帝国の国力を利用して保管可能な瓶詰めを大量生産してほしいと。それを各国に売って、儲かった金でルデクが買い漁った食料を買えと。もちろんルデクも、適正価格で帝国から瓶詰めを買い求めるそうです」
「、、、ちゃっかりしてやがる。そんなことすれば、うちとルデクに富が集まる。この先十数年は、2国が大陸の盟主のような存在になるぞ」
そうか、だからこのタイミングでツァナデフォルか。
「、、、、、いや、待てよ、、、、いやいやいやいや、、、ってことは、おい、リフレアは、、、」
「凶作を利用して短期決戦。決着が早ければ早いほど、リフレアの民の支援もできる、と」
「、、、、とんでもねえこと考えるな、、、悪魔か、あいつは」
ドラクの読みではルデクとリフレアは数年は戦う事になると思っていた。その間にグリードルはしっかりと地力を蓄え、どんな状況にも対応できるようにしておけば良いと考えていたが、、、
「、、、おっかねえな」
それは、皇帝ドラクとしてではなく、一人の人間として出た言葉。
「ですよね」
普段見せない神妙な顔で同意するルルリアを見て、本当に凶作になるかも知れねえなと、ドラクはさらに書類仕事が増えることを覚悟するのであった。