【第29話】非番の一日①
「ロア、お前明日非番だよな?」
リーゼに駐屯して一ヶ月ほどが過ぎたある日、夕食の場で不意にフレインが聞いてきた。
「うん。休みだけど?」
「そうか、なら身体を一日空けておけ。いいところに連れて行ってやる」
「お、まさか、あそこに行くつもりか?」塩気の効いたベーコンと根菜の炒め物にかぶりついていたリュゼルが、話題にも食いついてくる。
「ああ、頃合いだと思ってな」
「そうか、、、フレインが頃合いだというなら、そうなんだろう。よし。俺も行くぞ」
「リュゼルは当番だろう?」
「替わってもらう。俺もあの場所に行くのは久しぶりだからな」
「よし、なら決まりだ。明日は早いぞ、寝坊するなよ?」
「ぬかせ、お前こそな」
と言って、拳を突き合わせるフレインとリュゼル。
「ちょっと待って! どこに行こうっていうのさ? 勝手に話を進めないでよ!」
と訴える僕に、一瞬二人で顔を見合わせてから
「明日のお楽しみだ」と揃って笑った。
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翌朝、指定された砦の外に行ってみると、馬を引いた2人と、フレインの爺やさんであるビックヒルトさんが待っていた。ビックヒルトさんも馬を連れている。
「遅いぞ、ロア」
「ごめんごめん、、、って、時間通りのはずだけど? それに馬? 遠出するの? 僕は馬を連れていないよ?」
「そりゃあそうだ。今日はお前の愛馬を探しに行くんだからな」
つまりこういうことだ。リーゼの砦から西に行ったところに、ルデクでも一番大きな馬牧場があるらしい。近い、と言っても往復すれば馬でも一日がかりの距離だけど。
本来であればこの牧場で訓練した馬を、各町の馬屋が買い取って行く。騎士団もその馬屋から軍馬を購入するのが基本。
馬屋は拠点で馬を購入するのに手頃な方法ではあるけれど、難点もある。馬屋の目利き次第で仕入れの馬の質が異なることだ。
目利きの良い馬屋ともなれば、特定の騎士団と懇意にしている。そのため騎士団の持ち場が変わると、お抱えの馬屋も付いてくるようなことさえある。
「その点、馬牧場なら馬屋の目利きに影響されずに、良い馬を選び放題だ。ロアも騎乗技術は一応及第点に達したからな。この機会を逃す手はないだろう?」というフレイン。
「やはり自分のお手馬なれば乗り心地は違うし、乗り手の気持ちを汲んで動いてくれることすらある。ロアも今回のことで愛馬を持った方が良いと思うだろう?」と畳み掛けるリュゼル。
それは間違いない。今回お借りした馬もダメとは言わないけれど、やっぱり乗る馬で微妙に乗り心地が違う。馬の良し悪しで生き死にがある可能性があることは、つい先日深夜の救出作戦で痛感したばかりだ。
「でも、目利きの人がいないと良い馬も分からないんじゃないの?」という、僕の単純な疑問からくる発言は、後から考えれば失敗だった。
「おいおい、ロア、お前は何を見ているんだ? この俺の愛馬、スタンリーの美しい毛並み、そしてこのトモの張りを! もはや軍馬の理想型と言っていいだろう。ああ、やはり黒鹿毛は美しい! お前にも素晴らしい黒鹿毛の馬を選んでやるから安心しろ!」
確かにリュゼルの愛馬は筋骨隆々って感じで、綺麗で強そうだ。でも同時に威圧感がすごい。鼻息もすごい。ずっと睨んでる気がして怖い。
「おいおいリュゼル、確かにスタンリーはいい馬だ。それは認める。だが、この俺の愛馬、グリエンを差し置いて理想型というのは言い過ぎだろう? 俺たちは騎士団だ。見た目にも気品を求めなければならん。見ろ、この美しく賢そうな顔を。もはや輝きすら発している栗毛に、整った流星。これこそが軍馬の完成形といえよう」
確かにフレインの愛馬は、リュゼルの愛馬より一回り小さいけれど、どこか気品が漂っている。同時に、僕のことをずっと馬鹿にしているように見ているのがとても気になる。
「ははは、面白い冗談だ」
「何、お前の冗談ほどではない」
不穏な空気が包む。そんな中で、のんびりと言葉を発したのはビックヒルトさんだ。
「どちらも良い馬ですが、それよりも出発しなくてよろしいのですか? 牧場にいられる時間が減りますが?」
ビックヒルトさんの言葉に、2人は即座に反応する。
「そうだ、こんな不毛な話をしている場合ではない。急ぐぞ! ロアはビックヒルトの馬に乗せてもらえ! 俺は先に行っているからな!」
「では俺も出発させてもらおう。あまりに早くついてしまったら、一人でお茶をしているから着いたら声をかけてくれ」
「安心しろ、リュゼル。一人でお茶をしているのは俺だ」
「ははっ。虚言は寝て言え」
そんな風に言い合いながら、2人はあっという間に僕の目の前から消えていった。
「、、、、えーっと、、、?」困惑する僕に、ビックヒルトさんが微笑む。
「いつものことなのでお気になさらず。さて、我々も出発しましょう。何、それほど急がずとも、牧場に滞在する時間は十分に確保できます」
ビックヒルトさんの愛馬の背に相乗りして、何が起こったのか聞きながら進む。
元々フレインとリュゼルが仲良くなった理由が馬だった。リュゼルは第10騎士団の騎兵隊を率いるほどのウマ馬鹿で、フレインは僕に乗馬を教えるという全く利にならないことに、毎日嬉々として時間を割くようなウマ馬鹿だ。
文字通り馬のあった二人だったが、愛馬への愛情が尋常ではなく、愛馬のことに関しては割とちょくちょく言い合いになるらしい。
一応、相手の馬が名馬であることも認め合ってはいるので、遺恨を残すようなことないけれど。
「お二方が牧場に行くと聞いて、おそらくこのような有り様になるのではと思っておりました」
というビックヒルトさん曰く、下手したら出発前に僕がどちらの馬の背に乗るかでもう一悶着あったという。そのため急遽、ビックヒルトさんもスケジュールを調整したそうだ。
ビックヒルトさんは優秀だなぁ。
「ところで、先ほどから随分と周辺を警戒されているようですが? 刺客などの心配が?」と聞いてくるビックヒルトさんの言葉を、僕は慌てて否定する。
「違います、違います。実はもう少し道を良く出来ないかと思って、、、」
「道を。ですか?」
僕は瓶詰めのことは伏せて、街道が良くなれば行軍効率が上がるのではという話をする。
「なるほど、一理あるかもしれませんな。やはり軍師候補と言われる方は考えることが違いますなぁ」
「あの、、、、先日リュゼルにも軍師って言われたんですけど、僕はそんな大層なものじゃないのですが、、、、」
「おや、聞いておりませんか? 貴方が入団する前に、レイズ様が「軍師候補」として入団させると、我々に通達していたのですが?」
、、、、初耳だ。
「少なくとも現時点では、貴方は期待に応えていらっしゃると思いますよ。ああ、そろそろ見えてきました。あれがハウワースの牧場です」
ビックヒルトさんの言葉に視線を走らせてみれば、そこにはいかにも牧歌的な風景が広がっていた。